アスペクト

今日もごちそうさまでした

角田光代
お肉は好きですか? お魚は好きですか? ピーマンは? にんじんは? 美味しいものが好き、食べることが好き、何よりお料理が好きな角田さんの食にまつわるエッセイがスタートです。

046 気がつけば枝豆

 肉が食べたい、と激しく思うときもあるし、魚食べたい、と思うときもある。茄子食べたい、もある、じゃが芋食べたい、もある。桃食べたい、も、ナッツ食べたい、も、やっぱりある。

 が、「枝豆食べたい」は、ないんじゃないか。

 もうどうしてもどうしてもどうしても枝豆が食べたい、狂おしく食べたい、って、私の場合、あんまりない。ないけれど、それが自宅であろうと居酒屋であろうと、夏のテーブルには、ちょこんと存在している。それが枝豆。

 狂おしく食べたくはならないけれど、ないと、なんだか物足りない。なければないでべつにいいんだけれど、あればあったでぜんぜんかまわない、むしろうれしい。枝豆の、この不思議な存在感よ。

 枝豆は、さやに入っている。グリンピースも空豆もさやに入っているが、調理するときはさやから出す。枝豆はさやごと調理し、さやごと食卓に出す。

 エンドウ豆もさやにはいっているが、さやごと食べる。枝豆のさやは食べられない。

 つまり、枝豆は食べるのに面倒な上、空さやというゴミが出る。なのに人は、その面倒を厭わない。これまた、不思議ですねえ。

 そしてそんな面倒な枝豆だが、食べようと思うとそれだけにかかりっきりになる。おかずではない、純然たるつまみだからだ。

 夏の定番仲間、冷や奴も似たようなものだが、しかしこれは、しようと思えばごはんのおかずにもなるし、ほかのものと組み合わせ可能だ。キムチ奴とかオクラ奴とかしらす奴とかね。でも、枝豆は枝豆だけ。ごはんのおかずにはならない、ほかのものと組み合わせ不可。ただ、目を宙にさまよわせ、さやを手に取る、口に運ぶ、豆を押し出す、豆を噛む、ビールを飲む、と永遠なる単体の往復運動。このとき、たいていの人はなんにも考えていないと思う。空白のまま、往復運動をし、「はっ」となる。「はっ」となって、ほかの皿のものに箸を延ばす。

 もちろん、枝豆を使う料理はある。枝豆炒飯とか、枝豆入りサラダとか、肉味噌に枝豆入れたり、パスタに枝豆入れたり。でも、これって「冷蔵庫にあるから、何かで使わなきゃ」系の料理だ、と思ってしまうのは、私だけであろうか。だってその料理、枝豆がなくてもきっと成立するもん。

 枝豆のポタージュというスープもあるし、枝豆を使う豆ごはんもあるけれど、それだってやっぱり、空豆のポタージュでも代替可だし、豆ごはんはグリンピースが一般的で、どうしても枝豆じゃなきゃだめ、という料理でもない。

 どうしても枝豆じゃなきゃだめ、という料理は、枝豆、そのものしかない。と、私は思う。そう考えると、狂おしく食べたくなるわけではない枝豆が、たいへん立派な存在に思えてくるではないか。そのもので勝負。それだけで勝負。

 ところでこの枝豆であるが、値段にけっこうな幅があるのをご存じでしょうか。

 二百円くらいのものもあるし、七百円近いものもある。一度、その値段の理由を舌で知りたくて、六百円ほどの天狗印の枝豆を買ったことがある。ちなみに、六百円ほど枝豆というのは、私にはかなり高級な部類である。

 うん、たしかに、香ばしくて豆の味が甘やかで、ノーブランド枝豆よりはおいしかった。だだちゃ豆は買ったことがなく、もらって食べたが、こちらもたしかに味が濃くておいしい。でも、さすがに千円を超すとなると「だって枝豆だよ?」と言いたくなる。

 ブランド枝豆もいいが、枝ごと売っている枝豆があれば、それがいい。キッチンばさみでチョキチョキボウルに落とすように切り、たっぷりの塩で揉む揉む揉む。しばらく放置したあと、以前は茹でていたのだが、さいきん私は蒸すようになった。ル・クルーゼなどの厚手の鍋に、枝豆とコップ半分ほどの水を入れて、二分ほど加熱、あとは余熱で蒸す。このほうが甘みが引き立つ気がするんだけれど、どうだろう?

 野菜嫌いだった子ども時代の私も、枝豆は好んで食べていた。が、今のようにさやに口をあて、豆を押し出して食べることがどうしてもできなかった。さやのなかに虫がいたらどうしよう、と思っていたのだ。だからいちいちさやから豆を手のひらにとりだして、虫がいないかじーっと眺め、安全を確認してから食べていた。そうして成長過程のあるとき、枝豆のさやに虫が入っているのなんて見たことない、と結論づけて、それからは中身を確認せずに食べられるようになった。

 この変化にビールが影響しているのはまちがいないと、今になって推測する。ビールなしで枝豆を食べていた子どものころは、そんなふうにノラクラ食べていても、いっこうにかまわなかったのだ。が、食にビールが導入され、枝豆と切っても切れない仲になるにしたがって、口に運ぶ豆を押し出す豆を噛むビール、口に運ぶ豆を押し出す豆を噛むビール、の往復運動を流暢にスムーズに行う必要性が生じ、それに合わせて「虫なんかいない」の気づきに達する、という具合。

 ビールに枝豆って、ただ合うだけだと思っていたんだけれど、枝豆がアルコール分解を助けてくれるって知って、ちょっと頭が下がる思いだった。狂おしく食べたくはならない枝豆ではあるが、やっぱり食べないと夏を迎えた気がしない。えらいなあ、枝豆は。大豆にもなるしね。

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著者プロフィール

角田光代 かくたみつよ

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
90年「幸福な遊戯」で「海燕」新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夏のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞などいくつもの賞を受賞。03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、04年『対岸の彼女』で直木賞受賞など。