アスペクト

今日もごちそうさまでした

角田光代
お肉は好きですか? お魚は好きですか? ピーマンは? にんじんは? 美味しいものが好き、食べることが好き、何よりお料理が好きな角田さんの食にまつわるエッセイがスタートです。

031 スター・ブロッコリー

 野菜嫌いでまったく食べなかったころは、ブロッコリーを見もしなかった。もちろん名前は知っていたし、調理法だって知っていた。でも、自分には一生縁がない野菜だと思っていた。

 三十歳を過ぎて野菜を食べるようになったころ、母親が、ブロッコリーのたらこマヨネーズソースをやたらに献立に加えるようになった。とはいえ私たちはいっしょに暮らしていなかったので、どちらかの家に遊びにいったときの夕食に、母がそれを出すわけである。茹でたブロッコリーに、たらことマヨネーズを和えたものをそえた、料理ともいえぬかんたん料理。

 三十過ぎの成人娘にそういう行為もどうかと思うが、しかし母は母で、私が野菜を食べるようになったその隙に、ブロッコリーも好きにさせようと企てていたのかもしれない。たらこは私の好物だったから。母の企ては成功し、私はブロッコリーを(たらこソースがあってもなくても)食べるようになった。

 しかし食べるようになったというのは、好きになったとイコールではない。食べるには食べたが、心情的にブロッコリーと私にはいっさい縁のないままだった。

 その縁のなさを自身で自覚していると、どういうことが起きるとかというと、ブロッコリーを使った料理を、作りまくるのである。これは不思議な心理である。

 苦手な友だちがいて、でも、苦手だと思うことに罪悪感を覚えるあまり、ほかの友だちよりもっと親しくしてしまう。そんな感じ。

 風呂が嫌いで、でも、入らなくなる危険性があるから、本を持ちこみふつうの人より長く入ってしまう。そんな感じ。

 克服とも違うし、必要性とも違う。なんか申し訳なくて……というのが、いちばん近い。

 件のたらこソースも作るし、蒸してアンチョビソースというのもある。鍋でコンソメと茹で、そのままつぶして牛乳を加えるかんたんポタージュ。ポテトサラダにブロッコリーをつぶして入れる。ブロッコリーと海老とゆで卵をマヨネーズで和えたサラダ。ツナマヨをのせてチーズで覆って焼くかんたんグラタン。メインおかずならば牛肉とオイスターソースで炒める。ソーセージとスパイスで洋風に炒める。フライにする、フリッターにする。

 幾度かうちの宴会にきてくれた友人は、毎回ブロッコリーが登場するので、よほどブロッコリーが好きなのだろうと思っていたらしい。違うんだけどねえ……。

 なんか申し訳ない……と思いながら、続けざまに食卓に登場させ、登場させるたびに「ああ、やっぱり縁がない」と、思い知る。縁がないというのはつまり、すごくおいしいとは思えない、ということである。食べても食べなくてもかまわない。ブロッコリーの調理法は無限にあるし、白菜や大根のように淡泊というわけでもないのに、どんな素材とでも、どんな調味料とでも、とりあえず合ってしまうというのに、そのどんな素材とのどんな調味料とでも私は「すごく好き」にはなれない。はじめてのブロッコリーをたらこマヨの味で乗り切ったように、ポテトサラダならポテト味で乗り切るし、牛肉炒めなら牛肉味で乗り切るし、フリッターなら衣味で乗り切るのだ。

 しかし、最近、私とブロッコリーの仲に、変容が起きている。まるでなかった縁が、芽生えようとしている。

 きっかけは弁当である。

 夕飯の残りを捨てるのがもったいなくて、仕事場に弁当を持参するようになったのが、三カ月ほど前である。はじめてみればなんとなくたのしくて、作り続けている。最初は、「自分で作る弁当なんて、中身も味もわかっていてつまらないのでは」と思っていたが、そんなこともない。ちゃんと作ろうと思うと、夕飯の残りではすまなくなり、ちゃんと弁当用のおかずを前日に下ごしらえするようになった。

 弁当生活になってから気づいたこと。それは、ブロッコリーは弁当界のスターである、ということだ。

 日本の弁当というものは宿命的に「真っ茶色」を背負っていると思う。唐揚げ、ハンバーグ、煮物、魚の照り焼き、生姜焼き、みな真っ茶色。卵焼きで黄色くしても、華やかさに欠ける。かくいう私も小学生時代(覚えていないが)母親に、「ほかの子のお弁当はもっときれい」と言ったらしい。そうして母は負けじと、以来十二年間、弁当の彩りに細心の注意を払って弁当を作るようになった(と、私が成人したのちに、いじましく幾度も幾度も、幾度も幾度も言われた)。

 そう、世の多くの弁当の作り手が、弁当真っ茶色の宿命から、のがれようと苦戦しているのである。そこで活躍するのがブロッコリーなのだ!

 自分で作るようになってから気づいたのだが、アスパラは弁当に入れると、緑色がなぜかあせる。茶色に埋没する。キャベツも炒めればかぎりなく茶寄りになるし、レタスはレタスのみでおかずにならない。ほうれん草は緑が保てるが、ごまよごしにすれば茶系になっていくし、ソテーにするには少々面倒。大根葉や小松菜を、じゃこや油揚げと炒めたものはごはんにたいへんよく合うが、やっぱりこれもなぜか地味色になる。

 そこでブロッコリー。ブロッコリーで手のこんだおかずを作ろうとするとたちまち茶色じみてくるが、しかしたとえば少量のバターとともにレンジでチンしたものなどは、さえざえと鮮やかな緑で、弁当に加えると、ぱあっと茶色い大地が華やかになる。卵の黄色も俄然、生きてくる。つまり、手を抜けば抜くほど、ブロッコリーは美しくそこに在るのだ。偉大なり、ブロッコリー。

 以前とは異なる意味で、私はブロッコリーを多用している。弁当の立て役者に感謝することで、かつてなかった縁がうまれつつあるというわけだ。

 緑と縁って、漢字似てますね。関係ないけれど。

032 蟹沈黙

 日本の観光地を旅すると、そこには必ず中年女性グループがおり、食べものにたいへん心を砕いているのが見てとれる。土産物街で買い食いし、なおかつ試食して土産物を買いこみ、評判の店の前で列を作り、大きな声でその日の夕食について話している。私は今、そういう中年女性の気持ちがたいへんよくわかる。なぜなら私もそうした中年女性の仲間入りを果たしたからだ。

 食い意地というのは年々はってくる。どこそこの何それがおいしいと聞けば、「食べたい」と思う。それを食べるためだけに、その地にいくことだって辞さない。地理に疎い私は「○○は何県の隣か」と訊かれてもわからないが、「○○でこれだけは食べておけというものは何か」には即答できる。

 三年前の二月、鳥取にいった。二年前の一月、福井にいった。そしてつい先週、島根にいった。この三県の正確な並び順を言うことはできないが、しかし共通して「冬なら蟹」と、即座に言うことができる。……なんの自慢にもなっていないばかりか、ただの恥さらしのような発言である。すみません。

 鳥取も福井も島根も、みな仕事でいった。仕事相手が、向こうについてからのスケジュールを説明しているあいだ、私はなんにも聞いていなかった。ただひたすら「蟹はどこで組みこまれるのか」と考えていた。

 ふだんあまりに肉肉言い過ぎて、今や初対面の人でも「肉が好きなんですよね」と名刺を渡しながら訊いてくる。今回の島根いきも「滞在中、肉の予定はありませんが」と、仕事相手の人にくどいほど説明を受けた。いやーだーモー、そんなのぜんぜんかまいませんよ! 私そんなに肉食いじゃないですし! とほがらかに答え、「肉なんかより、島根といえば蟹……もしかしてちょうど季節ですね……」とさりげなく、あたかもたった今思いついた些事のようにつぶやいたのであるが、心中、「ぜったい食事に蟹を組みこんでくれ」と強く念じていた。

 島根には三日滞在した。内、夕食の一回が蟹であった。私の腹黒い念がかなったわけではなくて、やっぱり同行者のだれしもが、冬の島根なら蟹食べたいと思っていたようである。

 蟹を真剣に食べようということになると、これは旅先でも、自身の暮らす東京でも、蟹コースのある飲食店におもむくことになる。

 この蟹コースであるが、店によってじつにさまざま。蟹の前に刺身もりあわせが出たり、蟹サラダが出たり、天麩羅に蟹とともに野菜が出たり。

 個人的な希望をいえば、私は蟹コースには蟹しか登場してほしくない。というのも私はいっぺんにたくさん食べることができないため、うっかりほかのものを食べてしまうとそれでおなかが満ちてしまい、かんじんの蟹が入らなくなるのだ。同様の理由で、焼き肉屋で私は肉とキムチ以外のいっさいを注文しないし、食べない。

 島根の蟹コースは、ハテどんなだろうと思いつつ、仕事終了後、総勢六名で蟹店にいった。お品書きがある。それに目を通し私は内々で感動に打ち震えた。なんと蟹以外のものがいっさいないのである。蟹浜茹で、蟹すき、蟹さしみ、蟹網焼き、蟹天麩羅、最後は蟹ごはん。ビバ蟹尽くし!

 最後に蟹鍋、という蟹コースはずいぶんと多い。シメは雑炊。これもたしかにおいしいのだが、じつはそんなにうれしくはない。最後が鍋だと、せっかくたのしんできたコースが、わちゃわちゃになってしまうような気がするのである。このころにはみんなだいぶ酒も入っているし、「いいよいいよ入れちゃえ」状態になり、さらに灰汁をとるのも面倒で、「いいよいいよ、灰汁もまた出汁」となり、せっかくの、せっかくの、せっかくの蟹を、わちゃわちゃした鍋に放りこんでしまうような「あーあ」感がある。いきなり場が雑ぱくになるというか。

 鍋はあるコースとないコースとあるが、茹で蟹のないコースはない。たいていコース序盤で登場し、場をしんと静まり返らせる。何人で卓を囲んでいようとテーブルはみごとに静まり返る。このときどういうわけだか、必ず、「蟹ってほんと、食べてると静かになるよね」と言う人がいる。毎回毎回、いる。わかっちゃいるが、でも言わずにはおれん、となるくらい、蟹沈黙は不自然なのだろう。

 そうしてコース終盤で、やっぱりこれもまた、毎回毎回だれかしらが、言うせりふがある。

「蟹ってなんでこんなにおいしいんだろうねえ」というのが、それ。あ、私だ、それ。

 ひとり暮らしをはじめたものの、料理がまだできなかった二十代前半のころ、「蟹丼」というのを考え出したことがある。ごはんを茶碗によそって蟹缶をその上にあけ、マヨネーズと醤油を垂らして食べる、なんとも若者ひとり暮らし的な丼である。蟹缶は高いものもあるが安いものもあるので、お金がないときもこれは食べることができた。そして充分おいしかった。島根の蟹コースを食べたときとおんなじに、若き私もつぶやいたはずである。蟹ってなんでこんなにおいしいんだろうねえ、と。

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著者プロフィール

角田光代 かくたみつよ

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
90年「幸福な遊戯」で「海燕」新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夏のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞などいくつもの賞を受賞。03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、04年『対岸の彼女』で直木賞受賞など。