アスペクト

今日もごちそうさまでした

角田光代
お肉は好きですか? お魚は好きですか? ピーマンは? にんじんは? 美味しいものが好き、食べることが好き、何よりお料理が好きな角田さんの食にまつわるエッセイがスタートです。

003 暇なしの梨

 有名なのかどうかわからないけれど、「はまなし」という梨がある。横浜名産の梨である。

 私の実家の近所にはまなしの果樹園がたくさんあって、秋になると、母親がいつも箱で買う。毎日毎日、食後に梨が出た。お弁当にも梨が入っていた。おそらく、今まで私が食べてきた梨の、九割ははまなしである。

 このはまなし、ものすごくでかい。え、というくらいでかい。そしておいしい。たいていの果物は好きだが、梨は私のなかで、かなり上位の好きさ加減である。

 ひとり暮らしをはじめてから、実家でそうだったように、毎食後にデザートとしての果物を食べるということがなくなった。ほんのときたま用意するだけ。

 しかし秋は違った。例の箱入りはまなしが、母親から毎年送られてくるのである。私はせっせせっせとはまなしを食べ続けた。それでも余る。秋、私はよく母から送られてくるはまなしを持ち歩いていた。人と会う用事があるときに二、三個持っていって、渡すのである。たいていの人がこのはまなしを見ると「げっ」と言う。「げっ、でかい」と。そう言われると、自分で作ったわけでもないのに、なんだか鼻が高かった。

 母親が亡くなってから、当然のことながら梨はもう届かない。毎年食べていたわりには、あの梨を手に入れるにはどうしたらいいのか何も知らない。

 果物は、ごはんや肉や野菜と違って、食べないとどうにもならないようなものではない。単なるデザート。果物はそれなりに好きだが、私にとって、くるおしく食べたくなるようなものでもない。あの馬鹿でかい梨も、なければないで、忘れて暮らせるのである。この数年、はまなしばかりか、ほかの梨も食べない秋が続いていた。

 先だって、知人が梨を送ってくれた。もちろんはまなしではないのだが、ずいぶん大きな梨だった。あれば食べる派の私は、さっそくいただき、今さらながら「梨ってうめえなあ」と思った。あのしゃりしゃりと、甘い水気。季節が変わったんだなあという感慨。

 そうして私は夜更けに梨を食べながら、このところの自分の余裕のなさを思い出していた。馬鹿みたいに忙しくて、駆けまわってばかりいる。明日早く目覚めるために今日早く眠る。今日早く眠るために早く夕食を食べて片づけをする。料理はするが、デザートとしての果物を、考えてみればもうずいぶん食べていないのである。

 梨を含むたいていの果物は、皮で覆われている。バナナのようにするりと手で剥ける皮はまれで、みな、包丁で剥かなければならない。さらに芯や種を取り除き、食べやすい大きさに切り分けなければならない。肉を煮込むことに比べたら、さほどの手間ではないそんなことが、せわしない日々には多大な面倒に思えるのだ。どのくらい面倒かというと、もう風呂も入って歯も磨いて寝間着に着替えてあとは寝るだけなのに、さほど仲良くない知人の愚痴を電話で延々聞かされるくらいの、面倒。

 しかも、果物は、ごはんや野菜や肉魚と違って、食べなくともなんの支障もないのである。言ってみれば娯楽である。ただ自分ひとりの娯楽のために、冷やしたり剥いたり切ったりなんて、冗談じゃない、という思いを、私はどこかで持っている。だれかがすぐ食べられる状態にして、フォークを添えて出してくれればよろこんで食べるけれど、自分でそんなことはしたくない。

 そして忙しければ忙しいほど、自身に娯楽を与えることはむずかしい。家族がいれば話は違うだろうとも思う。私の母親も忙しい人だったが、夕食後には毎回果物を出した。家族のために用意する手間は、肉を煮込むとか魚をおろすといった手間と、そう変わらないんじゃないかと思う。

 果物のある生活をしたいなあと、久しぶりの梨を食べながら思った。そんなに駆けまわらず、あくせくせず、優雅に梨の皮を剥きたいものです。

004 いくら愛

 秋になると魚屋の店頭に不思議なものが並ぶ。私はずいぶん長いこと、これっていったいなんだろう、とその不思議なものをじーっと眺めていた。

 生いくら、と書いてある。たしかに私の知っている、あのつややかで美しいいくらとは違う。すじこと似ているが、すじこほど身がしまっていない。魚の腹から今さっき取りだしたばかり、というような状態のいくら。

 はて、これはいったい何に使うのだろう……。生のいくらを似たり焼いたり、何かほかの素材と組み合わせて炒めたり、するのだろうか。

 長らくそんな疑問を抱き、魚屋の店頭で生いくらをじーっと見つめていた。

 生いくらから、いくらの醤油づけを作るのだと知ったのは、ほんの三年前。私のよく知っている、あのつややかで美しいいくらを、自分で作ることができる!

 いくらといえば私の大好物である。でも、売っているものは、ちょこっとした容器に入ったちょびっとのいくらで、しかも高い。しょっちゅう買う日常食とはとても思えない。でも、生いくらから自家製いくらを作れば、値段も安いし好きなだけ食べられる。うほー、と思った私はさっそく作り方を人に聞き、生いくらを買って、いくらの醤油づけ作りに挑戦した。

 まずボウルにぬるま湯を用意して、そのなかで生いくらをほぐす。透明の袋に包まれている生いくらをほぐしていると、幼少期、蛙の卵で遊んだころを思い出す。触感がじつによく似ているのである。かなり乱暴にほぐしても、いくらの粒はつぶれない。

 生いくらをほぐしたら、醤油たれを作る。だし汁、みりん、酒、醤油を火にかける。それが冷めたらほぐしたいくらをつけるだけ。一晩たてば、魚の腹から取りだしたばかりの生いくらが、あの、つややかに美しいいくらになっているのである。

 自分で作れば味の濃さも調節できるし、醤油だれにわさびをといて、わさび風味のいくらもできる。何より、できあがる量の多さがうれしい。

 ふだん、肉、肉とばかり言っている私であるが、じつはいくらやたらこといった魚卵は、ものごころついたころからの好物なのである。

 幼いころ、私は好き嫌いが多かったばかりでなく、食べかたがまるで酒飲みのおっさんであった。おかずとごはんをいっしょに食べない。酒も飲まないのに、まず好きなおかずだけ散らかすように食べ、そのあとごはんでしめるのである。しかし白いごはんだけでは食べられない。そこでふりかけやたらこといった「ごはんの友」の登場となる。

 私の母は、おそらく成長期と戦中戦後が重なっていたせいで、食べものにたいへんな執着があった。戦中戦後の食糧難を経験した大人には、食べものを粗末にするな、ぜったい残すなと言う人が多いが、母はそうではなく、「好きなものしか食べないでよろしい」という考えかたになったようだ。だから私が何を残そうが、酒飲みのおっさんのような食べかたをしようが、まったく文句も言わなかったし説教もしなかった。そればかりか、おかずだけ最初に食べて、最後に白いごはんを食べる私のために、ごはんの友を常備してくれていた。

 しかしさすがに、いくらは常備されていなかった。せいぜいが筋子である。いくらは、鮨屋のにぎりに入っているとくべつなものだった。私はにぎりを食べる際、いつもいくらをいじましくとっておいて、最後に食べた。あのぷちぷち。さりげないねっとり感と、高貴なしょっぱさ。

 大人になって、ひとり暮らしをはじめても、いくらは私にとってとくべつなものであり続けた。新米を人にもらったりすると「よっしゃ」といくらを買ってきていくら丼にするが、やっぱりしょっちゅう買うようなものではない。ずいぶんと安いいくらもあるが、安いいくらはなんだかにせものの味がする。ねっとり感と粒と中身の密着性が、なんだかにせものっぽいのである。

 外食の際も、「いくら丼」という文字を見ると、胸の奥が奇妙に興奮し、注文せずにはいられない。私は心底いくらを愛しているのだろう。

 そのいくらを、自分で作れるなんてなんとすばらしいことか。長きにわたって魚屋に並ぶ生いくらをじーっと見てきたことが悔やまれる。もっと早くに買って、作ればよかった。

 秋、私は何度も何度もいくらの醤油づけを作る。冷蔵庫に、輝くルビー色のいくらが入っているこのしあわせ。食べ過ぎると、ちょっと胸焼けするけどね。

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著者プロフィール

角田光代 かくたみつよ

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
90年「幸福な遊戯」で「海燕」新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夏のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞などいくつもの賞を受賞。03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、04年『対岸の彼女』で直木賞受賞など。