たぶん一生相容れないだろうな、と思う食材があって、それは豆。納豆も枝豆も好きだが、大豆等の乾燥豆は昔から好きではなかった。まず味と食感がだめ、それから、豆好きってなんか偽善的な気がしてそれも好きではなかった。もちろん偏見であるが。さらに雨の日に一日豆を煮るような女のことを、私は好きではないだろう、とまで思っていた。
二年前のことである。知人が、毎食の献立に豆料理を加えていたら、自然と痩せた、という話をしていて、ヨシ豆食うぞ、と決意し、大豆を買い、一晩水で戻し、翌日圧力鍋で似て、五目豆を作った。乾燥豆を買うのも水で戻すのも、煮るのも豆料理を作るのも、生まれてはじめて。
生まれてはじめてであるにもかかわらず、私には、その五目豆が完璧に成功したことがわかった。甘いおかずが苦手なので、私好みに甘さも控えめで、きちんとおいしくできた。
が、残念なことに、そんなにおいしくできた五目豆でも、私は好きではなかったのである。「これはうまくできた、でもおいしいと私は思えない」と、私は心中でつぶやいた。「この五目豆がおいしくないのではなくて、豆を私は嫌いなのだ」と、思い知った。そのとき、二度と乾燥豆を買うことはないだろうし、豆料理を作ることもないだろう、と漠然と思った。豆よさようなら。
ところが、どういうわけだろう。今年に入って、仕事中、唐突に「なんか豆っぽいもの食べたい」と思った。豆っぽいもの、というのはつまり豆。でも、「豆食べたい」と思うには躊躇がありすぎて、「豆っぽいもの」という表現になったのであろう。
私は書きかけの原稿をファイルにしまい、「豆料理 レシピ」を検索した。まあ、あるある。サラダにスープに煮物に。豆の種類も、大豆ばかりか赤いんげん豆、金時豆、ひよこ豆となんて多いのか。カレーやスープでなく、もっと豆豆したものが食べたい、と思い、そう思っている自分にびっくりしながら、豆サラダを作ることにした。
その日、生まれてはじめて「金時豆」を買い、生涯二度目に豆を水に浸して眠り、翌日、生涯二度目に圧力鍋で豆を煮た。
ネットで見たレシピを参考に作った豆サラダは、金時豆にツナ缶、玉葱みじん切り、いんげん、プチトマトを混ぜ、油+酢+塩胡椒で味つけをする、じつにシンプルでかんたんなサラダ。
うまいじゃん。
食べてまず思い、またしてもそう思っている自分に、たまげる。
この私が、この私が、この私が豆をおいしいと思っている!
あまりにたまげたため、心中で言い訳までした。「おいしいと思うのは、ツナ缶が入っているからだ。つまりはツナ缶の油を私はおいしいと思っているのだ。ツナ缶が入っていなければとてもじゃないけど食べられないに違いない」と、長い言い訳を。
ところがあまりにうまかったので、翌日、お弁当にまでいれていく始末。
残った豆は煮汁ごと冷凍すべし、とあったので、その通りにし、翌週、鶏と豆のトマトスープを作ってみた。にんにくと唐辛子を炒めて、鶏を炒めトマトを炒め、豆を入れてブイヨンで煮るだけのスープ。
ああ、またしても豆、うまし。
いや、鶏がうまいのだ。これが豆だけスープだったらとてもじゃないけど……(以下略)。
豆をぜんぶ使い切ると、しばらく豆のことは忘れた。そうして私は肉、肉、肉、ときどき魚、の今まで通りの生活に戻り、そんな自分に安堵していた。
そうしてまたしても、豆欲がぞろわいてくるわけである。
豆食べたい。突然思う。あー豆食べたい。
しかしながら豆というのは、水に一晩浸けなければならぬらしいから、食べたいと思ってもその日に食べられない。その日は生涯二度目に大豆を買い、生涯三度目に豆を水に浸し、翌日、生涯三度目に豆を煮た。そうして作ったのは大豆ミネストローネ。前に作ったスープの、鶏肉をベーコンに変え野菜を増やしただけだが、やっぱりおいしいのだ。戸惑うくらい、豆、おいしいのだ。いや、でもこれはきっとベーコンが……(以下略)。
さらに、旭川に出張があり、おいしいとずっと聞かされていた居酒屋に、ひとり、飲みにいったのだが、そのとき出てきたお通しが、煮豆。
この煮豆が、豆だけなのに、豆だけなのに、豆だけなのに、べらぼうにおいしいでやんの。
おかみさんに作り方を訊くと、「醤油と酢で煮ただけ」とのこと。「豆も醤油も酢も、気に入りのところのしか使わないから、おいしくできるのよ」とのことである。これ、食べはじめたら止まらなくて、イヤー困った。しかも今回は、鶏やツナのせいにできない。豆がおいしいんだもん。
もう降参することにした。私は豆好きになったのだ。四十歳を過ぎて体が健康食を欲しているのだ。もう認めよう。相容れよう、豆と。
ついこのあいだなんて、豆が食べたくて食べたくて、水に浸けて、なんてやっていられないくらい即食べたくて、水煮缶を買ってしまった。豆と、冷蔵庫に余っている玉葱とピーマンでかんたんサラダにしたら、こんな手抜きサラダでも、きちんとおいしくてちょっと感動した。もちろん豆は、自分で戻したほうがだんぜんおいしいが、でも、豆に飢えているときは水煮でじゅうぶん。
タイムマシンに乗って二十代の私に会いにいき、「あんた二十年後豆好きになるよ」と教えたら、「そんなことあるわけないじゃーん」と、そいつは肉を食らいながら笑うんだろうな。 |