今回は私の愛するものについて書きます。
それはうまい棒。うまい棒を知っていますか? 一本十円の、お菓子だ。
書き間違いでも見間違いでもないですよ、一本「十円」のお菓子なのである!
うまい棒のことをはじめて知ったのは、三十五歳と、遅い。このとき住んでいた町のデパートに、昭和レトロ風の内装の、似非駄菓子屋があった。いや、売っているものはよっちゃんイカとか太郎餅とかソースせんべいとか、ちゃんとした駄菓子なのだが、でもデパート内だし、売り子はおばあちゃんでなく若くお洒落な娘さんたちだし、選んだ駄菓子はコレまたこじゃれた籐のかごに入れてレジに持っていくシステムだし、本場の駄菓子屋より似非感漂わせてしまうのは、致し方ない。
私はここでうまい棒に出合った。
棒状のスナック菓子である。しかし特筆すべきは、味の多様さ。
コーン味、サラダ味、チーズ味、なんてのは序の口、たこ焼き味、サラミ味、ソース味、明太子味と、もうそりゃいろいろ、いろいろある。牛タン味というものもあり、これが感動的なのは、レモンの味がほのかにするところ。芸が細かいのだ。
はじめて食べて、「!」と思った私は、次の機会には、例の籐のかごにうまい棒を二十本入れてレジにいった。そんなに大量の買いものをしているのに、二百円(+消費税)。
次のときは、五十本買ってみた。でも、五百円(+消費税)。
そしてこの棒状の菓子、量がちょうどいい。「ごはんの前にお菓子食べたらごはんたべられなくなるでしょ!」と、おそらくだれしもが言われて成長してきたと思うが、うまい棒は、ごはんの前に食べてもごはんが食べられるのです。なぜなら量がちょうどいいから。
「ごはんのあとにお菓子食べるならごはん食べなさい!」と怒られてきた人もいると思うが、うまい棒なら食後だって食べられるんです。なぜなら量がちょうどいいから。
おやつに一本だと、ちょっともの足りない。でも、二本だと、味が濃いし胸焼けするな、というような適量なのだ。
うまい棒に秒速でノックアウトされた私は、「なぜ三十五年間も知らずに育ってしまったのか」と悔やみながら、うまい棒専用かごを買った。四角いかごで、蓋がついている。うまい棒の縦の長さぴったりで、ゆうに七十本は入りそうな美しいかご。ちなみに、七十本買っても七百円(+消費税)だからね。
このかごが、たしか三千円くらいして、私はうまい棒を買いこみここに収納するたびに、「買っても買ってもかごのほうが値段が高い……」と、うまい棒をリスペクトするようなあわれむような複雑な気持ちになったものだった。
デパートがリニューアルして似非駄菓子屋が撤廃したときは、本気でがっかりした。あれだけうまみを教えこんでおいて、消えるなんて! いったいこの先どうしたらいいのか。
深刻に悩むまでもなかった。コンビニエンスストアの棚に、駄菓子コーナーがあり、そこにちゃんとうまい棒は並んでいたのである。
けれど、どういう心理なのだろう、駄菓子屋では三十本五十本と大人買い(ずいぶん情けないが、まあ、大人買い)できたのに、コンビニエンスストアだと、そんなに大量には買いづらい。せいぜい四本くらい。
とはいえ、米や味噌とは違う、単なる嗜好品なのだから、つねに常備しているわけでもない。ふと、「そういえばうまい棒」と何カ月かに一度思い、ほかの用があるときいっしょにコンビニエンスストアで買い求めるのである。
そうして今年、事件は起きた。
昼休み、お茶を買いにコンビニエンスストアにいったところ、私は見つけてしまったのである。なんとうまい棒が袋菓子になりその名も「うまい輪」として売られているではないか。驚きのあまり、鼓動が速くなり、買いたいが、「でもそんなはずはない。バッタモンかも」と妙なことを思ってそのときは買わず、数日後、おそるおそる、買ってみた。
そしたらなんとまあ! これが正真正銘、うまい棒味(チーズ)なのである。うわあ、と目を輝かせて、気づいたら一袋むさぼり食べていて、胸焼けにもんどり打ったのだが、しあわせなことには変わりはない。うまい棒が、袋菓子に。いっぺんにたくさん食べられる。けれどしあわせすぎると人はこわくなる。「いいのか、袋菓子で。うまい棒は一本食べきりのサイズだったからよかったのでは。うまい輪なんて字足らずだし、邪道なのでは」などと、いらんことを真剣に考える。考えながらも、でも買い、「やっぱしあわせ」と、棒の記憶で一袋食べきらないように注意していた。
があるとき、コンビニエンスストアの店頭から、うまい輪は消えた。そ、そんな、と驚き、私は近隣のコンビニエンスストアを走りまわって調べた。五軒のコンビニエンスストアから、きれいさっぱり「うまい輪」は消えていた。まるで、そんなものは私の過剰な愛が見せた幻影だとでもいうように。
うまい輪、どこかには売っているのかな。それとも私の、しあわせな創作記憶なのかな。
付記 この一週間後、コンビニエンスストアではないお菓子屋さんで、私は無事、うまい輪を見つけることができました。創作記憶ではなかったようです。 |