オクラは切ると断面が星のかたちになる。
好き嫌いの多かった私はずっと、見かけと違って切るととたんにネバネバしだすこの不思議な野菜は、その料理をかわいくしたいときに使う飾り野菜なんだろうなあ、と思っていた。
料理をかわいくしたいとき、というのはつまり、煮物、煮魚、味噌汁、テーブル真っ茶色、みたいなときに、茹でて切って鰹節ふりかけたオクラを一品足せば、緑だし、星だし、食卓がちょっとかわいくなる。それからカレーや味噌汁に、星形のオクラが入っていると、それもまた、かわいくなる。私が子どものころ、カレーのにんじんは花のかたちにくりぬいてあったのだが、あれとおんなじ。
花のかたちにすれば子どもは嫌いなものも食べる(私は食べなかったが)。星のかたちならば、それも食べる。かわいいから食べる(私はだまされなかったが)。
あるいは、好ましいと思っている異性が自分の手料理を食べにやってくるとき、花だの星だの入れれば、かわいく思ってもらえる。なんかていねいに調理している感じがする。
花のかたちにだまされなかった私は、オクラの飾りも、とくに必要とせず生きてきた。かわいくして食べさせるべき子どももいないし、異性に花や星に感心されるより、質実剛健(つまり量と味)を褒められたかった。私自身も、自分で食べるだけならば、見かけなどまったく気にしない。テーブル真っ茶色でぜんぜんかまわない人間なのである。
ほかの食材とまったくおんなじに、私にはオクラ開眼年というものもあって、それがいつだったか正確には覚えていないのだが、たぶん十年ほど前。友人宅で供されたカレーに入っていて、これはかわいい星切りではなく、斜め切りで、だから友人は見てくれの故に入れたのではなく、彼女はオクラカレーとして作ったのである。ざくりと斜めにカットされたオクラが、こんなにカレーに合うとは思わなんだなあ、と私は感じ入りながらそれを食べた。
オクラに対して「飾り野菜」という思いこみがなくなった、そのしばらくあとに、居酒屋でだれかが頼んだつまみ「湯葉とオクラの昆布和え」で、私の目はオクラに対し全開した。
一度、何かをおいしいと思うと、あとはその素材が好きになる。どう調理されていても、おいしいなあ、と思う。オクラ開眼年以来、旬の夏はもちろん、夏以外でもオクラはしょっちゅう買うようになった。
オクラって、本当に手抜き料理に向いているのである。かんたんに調理できるうえ、いろどりもいい。しかも栄養成分が豊富、免疫力を上げてくれるそうである。
私の目を全開にした居酒屋料理、家でもかんたんにできる。湯葉と、茹でて刻んだオクラ、塩昆布を和えてめんつゆをちょこっとまわしかけるだけ。さっぱり食べたいときはポン酢でもよろし。
長いもの千切りと茹でたオクラを終え、鰹節+刻んだ梅肉+出汁醤油で食べても、これまたうまい。
茹でたオクラを細かく刻んでねばらせて、葱、生姜とともに豆腐にのせると冷や奴が豪華に見える。
オクラにみりんとしょうゆ少々でのばした明太子をまぶしても立派な小皿料理になり、納豆、オクラ、たくあん(柴漬け)、イカ(マグロ)、とろろ、など、ぜーんぶネバネバさせてごはんにぶっかけてざらざら食べるネバネバ五色丼も、いいですなあ。
味噌汁、お吸いものにもいろどりが出てうつくしいし、おいしい。かと思うと、コンソメ味のスープにも、トマトスープにも合う。汁系には下ごしらえもいらない、切って、直前に入れるだけ。
連日暴飲で胃が疲れているときや、夏ばてで食欲のないとき、ともかくオクラの刻んだのを素麺にのせ、汁をまわしかけて食す。オクラは胃粘膜の保護をしてくれるらしいので、こういうときはがんがん食べるべきだと、私は信じているのである。
オクラを塩ずりして産毛をとる、というが、面倒くさがりの私は五回のうち三回は、その作業を省いている。それでも産毛が食べづらいなんてことはないのだから、ありがたいことである。
こう書き連ねてみると、オクラって、「ま、楽してくださいよ」と言っているようではないか。「時間をかけるのもいい。手がこんでいる料理も立派ですよ。でもね、手のこみよう、かかった時間数がおいしさの決め手でもないし、愛情でもないんスよねー」と、脱力した笑いを浮かべて、忙しさに疲れている私たちの肩を、やさしく叩いてくれているような気が、しませんか。
オクラってなんとなく日本的な野菜のような気がしていたんだけれど、アフリカ原産で、日本に伝わったのは幕末のころであるという。たしかに、世界各国にオクラ料理はあるようだ。スーパーではタイ産のオクラも売っている。
私が一度食べてみたいのは、ガンボスープ。蟹や海老入りのシーフードガンボや鶏やソーセージ入りの肉系ガンボがあり、家庭料理だから「これが正解」というレシピはない。セロリや玉葱、トマト缶といっしょに魚介類や肉類を煮こむ料理だが、ここにオクラがたっぷり入る。本格的なものからかんたんなものから、日本風にアレンジしたものまで、それこそさまざまなレシピが紹介されているから、すぐにでも作れそうなのだが、本場アメリカ南部で食べてから作ってみたいよなあと思っていて、なかなか作れない。「楽してくださいよ」のオクラ相手にしては、ずいぶんと壮大な夢ではある。 |