我が町で、おいしくて感じがよくて値段のまっとうな飲食店は、すぐ予約必至の人気店になってしまう、と以前書いた。
できたばかりのころ、友人に連れていってもらって、大好きになった店がある。魚料理がおもな居酒屋で、旬の魚を、刺身、煮魚、焼き魚で出している。刺身も煮付けもおいしいのだが、焼き魚に私は衝撃を覚えた。そのくらいおいしかった。魚のおいしさはもちろんのこと、塩加減や焼き加減がすんばらしい。
〆のごはんものも、押し寿司風のものや炒飯があり、何を食べても感動するほどおいしい。
店のたたずまいも居酒屋らしくてとてもよく、お店のおにいさんたちも活気があって、値段もちゃんと居酒屋値段。
ああ、ここはいいお店だなあ、と思ったその数か月後には、たいへんな賑わいようになっていた。飲むこと、食べることが好きな人はみんな、やっぱりいいお店だなあと思うのだ。
それでも、予約が必要なほどではなくて、早い時間にいけば席はあった。今日はあそこで魚食べよう、というときは、夕方六時くらいにそそくさと店に向かった。
そうして二年ほどたつと、予約なしでは入店するのがむずかしくなった。六時にいってもだめ、開店と同時にいっても予約で席が埋まっている。
ほかにも飲食店はたくさんある。でも、この店の魚が食べたい!だけど、ひとり、二人で予約するほどのこともない。
だから、私の住むこの町で飲み会があるというとき、私はこの店を提案するようになった。大人数なら確実に前もって予約をしなければならない。そんなふうな利用の仕方になった。カウンターにテーブル席が二つあるきりのちいさな店だが、二階に屋根裏のようなロフト部分があり、こっちはけっこう大勢が入れる。大勢だと、いろんな種類が食べられてまことにありがたい。
ひとり、二人ではたどり着けない、あるいはたどり着いても一種類しか食べられない〆ごはんを、大勢ならあれこれ食べられる。鯖寿司、鰺寿司、蟹炒飯にたこのガーリック炒飯。冬に、白子雑炊を頼んだら、これがクリーミーで濃厚、出汁もきいていて、床に突っ伏したいほどのおいしさだった。私たちは同じものをおかわりしたほどだ。今思い出しても、夢のようなおいしさだったなあ。
四人以上なら予約するが、二人だと、まず予約しない。そもそも、親しい人と二人で飲もうというのを、何週間も前から決めたりすることはめったにない。いつごろひま? あ、明日? といったように、突然決まる。そしてこの店、今日電話して明日の予約も、とるのがむずかしくなってしまったのである。
私と同様、家の人もこの店の大ファンである。なんとなく、今日飲みにいこう、というとき、まず私たちは「ダメ元で」と言い合って、この居酒屋に向かう。「まだ六時だから空いていたりするかも」「雨だから今日は空いているかも」「火曜日だからお客さん、あんまりいないかも」、もう、多方面から希望的観測を言い合う。同時に、入れなかった場合にいく店の候補も考える。満席が多いことはわかっていても、やっぱり満席だとショックを受ける。そのショックの緩衝材として、次の候補を決めるのである。
こうして何度も何度もチャレンジし続けて、毎回、だめである。すごいなあ、と単純に感心する。六時にいっても、八時にいっても、九時過ぎにいっても、こんなにちゃんと混んでいる店は、そうそうあるものではない。でもやっぱり、予約はできない。居酒屋さんに飲みにいく、って私のなかでの感覚はやはり、「ふらり」なのだ。その日の気分で、ふらりといってみる。前もって決めるようなおおごとじゃない。でも、おおごとにしないと入れない……。
先だって、家の人にちいさな祝いごとがあり、よっしゃ何かおいしいもの食べにいこう、という話になった。鮨かな、すき焼きとか、などと豪華なものを挙げつつ、「こんなときこそあの店だ!」とひらめいた。祝いごとがあれば予約するのである。
かくして二週間後の予約をとって、ようやく、ようやくその店にいけたのである。二年ぶりか、いや、もっとか……。店は六時半の時点でもう満員。一組お客さんが帰れば、すぐまた一組やってくる。みごと。
そして、はじめてきたときとなんにも変わらず、魚はおいしくて、店のたたずまいもよく、おにいさんたちは活気があり、いい店だなあとあらためて思ったのである。 |