私はタイ料理を愛しているが、めったに食べる機会がない。タイをはじめとするエスニック料理を、苦手とまでは言わないが、そうそう得意でもない男性が多いせいである。男性の多くは、エスニック料理が苦手である。食べられることは食べられても、エスニックより、和食や中華を選びがちである。
仕事もプライベートでも、飲もうというときたいてい男女混合で、みんなが好きなものを選ぶというよりも、だれかが苦手なものを避けて店をさがすから、タイ料理をはじめてモロッコ料理もインド料理も候補に挙がらず、無難な、和食、イタリアフランススペイン料理、中華、などになる。
タイ料理は、タイ料理を食べるのだ、という強い意思と明確な目的がないと、なかなか、食べにいかれない。
タイ料理と一言でいっても、タイ本国にもランクがある。屋台、フードコート、冷房なしレストラン、冷房ありレストラン、超高級店、等々。
それとおんなじに、東京のタイ料理店にも似たようなランクがある。
屋台ランクの店は、雰囲気も味も流れる時間も店のありようも、タイの屋台街にかぎりなく似ている。もう二十年近く前、大久保に屋台村があると聞いて早速出かけ、うれしくなったのを覚えている。屋内だが、フードコートのように幾店も飲食店があり、テーブルに着くやいなや、各店の店員がばっと取り囲んでいっせいに自分の店の料理を勧め出す。おお、アジア! とまずそこから感動した。辛さもきちんと辛い。
もう少しランクを上げると、屋台ではないが、庶民的な店になる。内装やインテリアは凝っているというよりも、必然的にタイっぽくなり、国王の写真もちゃんと飾ってある。お店の人たちはタイ語で話をし、愛想がいい。料理もしっかり辛い。
ここからが分かれ目、と私は踏んでいる。なんの分かれ目かというと、味の、である。
デパートや駅ビルに入っているような、チェーン店的なタイ料理屋もある。店内はおしゃれにしてあるけれど、味はそこそこ。日本人向けにあんまり辛くしていないのだと思う。まずいことはないけれど、すっごくおいしい、ということもない。そうしてこういうお店で働いているタイの人の、半分くらいは機嫌が悪い。日本の人あんまり好きじゃない、となんとなく顔に書いてあったりする。そういう人に冷たい態度をとられると、私はいつもかなしくなる。この国にきていったいどんないやな思いを、どんなにたくさんしたのだろうと想像してしまうのだ。
それより上になると、高級店といったおもむきになる。インテリアはしっかりと計算されてタイっぽくなっていて、店内はシック、お店の人もタイの民族衣装を着ていたりする。テーブルには真っ白のテーブルクロス、複雑に折りたたまれたナプキン。ドリンクのメニュウにはタイビールとメコン以外にも、各国ワインやカクテルものっている。そうしてその上品さに比例して、辛さも上品なことが多い。
もちろんタイ料理の醍醐味は辛さだけではない。甘みも酸っぱさもだいじ。でも辛いもの好きの私は、辛いはずの料理が辛くなく、甘かったりただしょっぱかったりすると、がっかりしてしまうのだ。
先だって、そのようなおしゃれなタイ料理屋に連れていってもらった。オープンキッチンだし、お店の人はぴしりと正装しているし、ナプキンは複雑に折りたたまれていて、店内はシック、「ああ、ここは辛くない」と私はこっそり結論を出した。辛くないお店だったら、辛くないタイ料理をおいしく食べよう、と決めこんだ。
ところが! いっしょにいた人が頼んだヤムウンセンが、しっかりと辛かったのである。よっしゃ、と気分は一気に高揚し、唐辛子の辛いマークがついているものをたくさん頼んだ。ちゃんと辛くて、味が深くて、本当においしかった。偏見を持っていて申し訳なかったと、詫びたい気持ちであれやこれやを食べまくった。
このお店は、タイの人たちがとてもにこやかでていねいで、案内係の日本の人だけがものすごく不機嫌であった。 |