ひとりで旅をしていると、原始的な勘が働くようになる。この道をいったら危ない、とか、このまま進むと迷子になる、とか、勘でわかる。
飲食店も、おいしい店とそうでない店が、前を通っただけでなんとなくわかるようになる。地元の人で混んでいるか否か、ではない。食事時間というのはその国によってまちまちで、たいてい私の食事時間は異様に早いので、人気店であろうが空いている。もっと本能的にわかるようになるのである。
が、この、飲食店センサーがまったく効かない町も、多々ある。もし私が異国から日本観光にきたとしたら、東京も、飲食店センサーの効かない町だと思う。店の数の多さもあるが、「そこそこの店」がありすぎる。すっごくおいしいわけではないが、まあ、そこそこおいしい、という料理の店。こういう店は、センサーの邪魔をする。まずいわけではないから、センサーが反応するが、でも、すっごくおいしいわけではない。だから東京のような町を旅するときには、きちんとした情報が必要になる。ガイドブックやインターネットや友人の口コミや。
先だってパリにいった。パリは三度目だが、この町もセンサーの通用しない町である。東京と同じ理由。至るところにカフェもレストランもある。そのほとんどがすてきな店に見える。そして入ると、そこそこ。けっしてまずくない。でも、この町にはもっとちゃんとおいしいものがあるはず! という気持ちが拭えない。
私はアナログ女なので、インターネットを駆使して、「もっとちゃんとおいしい」店を調べたりすることが、できない。ひとりだと、だから大半の食事をそこそこおいしいもので終わらせて、パリよ、きみの実力はこんなものではなかろう、と食にかんしては暗い目で帰ってきていたわけだが、今回は、ものすごくすばらしいコーディネーターさんが情報源となってくれた。パリ在住の彼女は、明るくてさばさばしていて仕事ができて、しかも、おいしいもの好きだった。
彼女が連れていってくれたのは、中心地から少し離れたところにあるレストランで、その店のイケメンシェフは毎日のようにテレビの料理番組に出ているという。日本でいうと、川越さんという人だろうか、それとももこみちという人?……あ、この人は本業はシェフではないはず……などと、テレビを見ないながら極小の情報をかき集めつつ、わくわくと店に向かう。
シックで高級そうな店内。お客さんの年齢層も四十代くらい。メニュウを広げると、コースメニュウが二つしかない。品数の少ないものと、多いもの(と、それしかわからない)。それぞれのコースに三十〜五十ユーロプラスすると、一皿ずつに合ったワインをソムリエがセレクトして出してくれるという。
品数の少ないメニュウは、一皿の量が多い。品数の多いメニュウは、一皿の量が少ない。という説明を受け、(どっちもたくさん食べなさいということか)と思いつつ、みなで相談し、品数の多いほうを選んだ。
アミューズではじまり、冷たい前菜、あたたかい前菜と続くのだが、たしかに量がさほど多くなく、しかも、ゆずとか出汁とかわさびとか、日本の味が効果的に使われている。コーディネーターさんによると、そうした和味というのはフランス料理界で、現在ずいぶん流行っているらしい。たしかに、前日レストランで食べた料理も、飾りつけ含め日本ぽかった。
シックで高級そうな雰囲気に緊張していたのだが、店員さんたちがすばらしく親切。料理の説明をし、ワインの説明をし、料理の感想をたずね、そのあいまに、自分の話をしたり、私たちの出身地を訊いたりと、人と人の、体温ある接待をしてくれる。だから、三皿目のころには、ソムリエの人の出身地がどこか、配膳してくれる人が日本で訪れたのはどことどこでそれは何年のことか、私たちは知っているありさまである。フランス語ができたら、食事はこんなにたのしいのだなあと、第二外国語の仏語をまったく勉強しなかった自身をかなしく思い出しながら、実感した。
そして全皿食べ終えるとデザートタイムなわけだが、コース料理を食べるたび、フランス人の甘いもの愛におののいてしまう。このすてきな店も、まずシャーベットとアイスクリームとケーキののった皿が出て、そのあとプチケーキの皿が出て、そのあとチョコレートの皿が出た。おみやげに、ひとりずつにリボンつきの箱が手渡されたのだが、ホテルに入って開けてみると、シフォンケーキが入っていた。おそるべし……。
しかしパリはやはり、勘より情報の町であると実感したことである。残念だったのが、なんとこの旅、二日しかなかったこと。同じく二日かけて、東京に帰ってきました。 |