アスペクト

肉記


037 私のロマン

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 私が大学生のころ、ある種の贅沢を説明する例として「名古屋までコーヒーを飲みにいく」というようなものがあった。名古屋は、名古屋でなくとも、神戸でも長野でもよかった。ともかく都内から遠隔地に、オートバイや自動車で、おいしいコーヒーを一杯わざわざ飲みにいく。この遠隔地も、遠すぎてはだめ。北海道や沖縄だと、たんなる贅沢となり、「粋」さのようなものが失われてしまう。

 このようなことを「ある種の贅沢」に分類するのは、たいていの場合、男だ。コーヒー一杯のために何時間も高速道路を走ることに、何か、男心をくすぐるロマンエキスが含まれているのではないか。

 私には、そのロマンエキスを感知する能力が欠落していて、そんな話を聞いても感心するばかりか、「うへー、いやだそんなの」と思っていた。コーヒーの味の違いもよくわからないのだ、私は。

 これに対する女心のロマンエキスは、たとえば「三崎にまぐろを食べにいく」ようなことではないか。五、六年前に、世界一の朝食と謳うレストランが湘南にオープンし、私の知り合いで、いったとか、いきたいと言う女性が多かった。これはレストランがお洒落だからではない、「三崎にまぐろ」とよく似て、その地にその名物を食べにいくロマンエキスだと私は思う。名古屋にコーヒーを飲みにいくのはいやだが、湘南に朝ごはんを食べには、積極的にいく。女性のロマンのほうが、やっぱりどこか現実的で合理的である。

 私も名古屋でコーヒーよりは、三崎でまぐろのほうがまだいいが、それでも、女心ロマン能力も欠落していて、あんまりわくわくはしない。三崎にたまたまいたからまぐろを食べるならいいのだが、まぐろを食べに遠方まで赴くのはいやなのだ。

 まったくロマンのない、よぶんなたのしみのない人間なのである。

 先だって、たった二泊で香港にいった。夏の終わりに友人たちと飲んでいて、香港にいこうという話になった。香港にはみんなに共通の友人が、今現在住んでいる。だから彼女に会いにいこう、おいしいものをみんなで食べよう、と私たちは話したが、それは、酔っぱらい特有の、願望と予定をごっちゃにした話である。「秋にいくのだ」と決めるも、それはあくまで「秋にいきたいね」という願望に過ぎない。このような話はたいてい、二日酔いがおさまるころにはみんな忘れている。

 ところが、香港に住んでいる友だちの存在が、この願望に現実味を与えた。私たちは「スケジュール的に無理かも」「仕事が入ってだめかも」と恐れつつも、なんとか合う日程をすりあわせ、出発ぎりぎりにみんなべつにホテルを予約し、べつに航空券を買った。そうして願望は直前に予定となり、同じ日の、それぞれ違う時間に違う飛行機で、私たちは香港に向かったのである。

 中環のショッピングビルで待ち合わせ、在住の友人も含めてみんなで落ち合えたときは、まったく大げさでなく「会えた、本当に会えた」と抱き合ってよろこんだ。そのくらい、みんなが本当に香港いきを実現させ、こうして友人に会えていることが信じがたかったのである。涙腺の弱い私は泣きそうですらあった。私など、仕事で数日前までパキスタンにいたという無謀すぎるスケジューリングだったのだ。

 さて、その日、夏に「おいしいもの食べよう」と言い合ったとおり、香港在住の友人においしいレストランに連れていってもらった。巨大な海鮮レストランだが、ほとんどのテーブルが埋まっている。お酒の持ち込みが自由、しかも持ち込み代なし、ということで、友人はワインや焼酎、各種取りそろえて十五本くらい持ってきていた。

 ものすごく大きなガルーパ(白身魚)の蒸したもの、青菜炒め、茄子と肉炒め、茹で海老、ホタテのガーリック蒸し、近況を報告しながらも、相づちのようにおいしい、おいしいと言い合う。そしてこの時期ならでは、上海蟹! 今の季節は雄がおいしいとお店の人が言い、ひとり一匹、このときばかりは無言になって実をほじくってはひたすら食べる。巨大かつ庶民的な店で、ほぼ満席のフロアにわんわんと人の声がこだまする。みんな何か食べながら、話しながら、にこにこしている。お店の人もとても陽気で親切。ああ、香港ってそうそう、こういうところだった。

 くちくなったおなかを抱えて夜の異国に出て、ふらふらと地下鉄に乗って九龍島へ渡り、超高層ビルの最上階にあるというバーに向かいながら、これが私のロマンであると気づいた。

 とてもおいしいコーヒーを飲みに名古屋、はわくわくしない。世界一のまぐろを食べに三崎、もわくわくしない。すばらしいステーキを食べにアルゼンチン、も、極上のワインを飲みにフランス、も、神戸と三崎といっしょ、近場ですまそうよ、と思ってしまう。でも。私にもロマンがあった。

 友だちとおいしいものをわいわい食べに遠隔地。こんなにわくわく、うっとりすることってほかにないじゃないか。

038 深夜リアル食堂

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 知らない町で飲んだあと、どういうわけかラーメンを食べたくなる。

 いや、実際のところ、知らない町ではなくても、飲んだあとにラーメンを食べたくなる率が私は高い。たぶん、「飲んだあとのラーメン」それ自体が、祭りのようなイベントとなっているのだ。食欲はなくても、おなかいっぱいでも、祭り囃子が聞こえたら見にいきたくなる。そんな感覚。

 知っている町の場合、深夜までやっているラーメン屋のすべてが頭に入っている。おいしいA店は午前二時まで。まったくおいしくないB店は四時まで。五時までやっているC店はおいしいが、十五分ほど歩く。D店は朝までやっている居酒屋で、メニュウにラーメンがある。これで私のよく知る町のラーメン屋はぜんぶ。

 知っている町で、飲んだあとのラーメン欲に打ち勝つのは、忍耐力の故ではなく、この「ぜんぶわかっている」点にある。「ラーメン食べたい」という衝動と、「あの店のあの味を食べたい(食べよう)」という気持ちは、まったく異なるのだ。「祭りに参加したい」というのと、「屋台のたこ焼きをまず食べよう」が異なるように。

 知らない町のラーメン屋は、「知らない」ところに魅力がある。この、知らない町の、こっちに繁華街があって、その繁華街にはきっと何軒かラーメン屋があって、そのどれかはとってもおいしいはず。まさに遠く聞こえる祭り囃子に導かれるように、ふらふらとホテルを出て、繁華街の明かりを目指して歩いていくのである。

 毎年、仕事で、山形にいっている。毎年いっているというのに、私は例のラーメン欲に毎度襲われる。まだまだ山形も知らない町なのである。

 先だっても山形に一泊したのだが、深夜一時近く、猛然とラーメン欲に襲われた。今回は、毎年泊まっているホテルと違うところで、繁華街の場所も異なる。フロントで地図をもらい、だれも歩く人のいない暗い夜のなか、私はひたむきに歩いて繁華街を目指した。

 やがて明かりが見えてくる。駅の周辺はひとっ子ひとりいなかったのに、明かりのはじける繁華街は賑わっている。グループ連れで歩く人、立ち止まって会話するカップル、呼び込みの人たち。開いている店から流れる湯気、ガラス戸越しに見える酔っぱらいたち。ああ、繁華街ってなんてすてきなんだろうと感動しつつ、目はぎらぎらと、ラーメンという文字をさがして歩く。

 私の求めているラーメン屋とは異なるが、なんだかお客さんがいっぱいの中華料理屋がある。そこを通りすぎ、理想のラーメン屋をさがして路地から路地へと歩きまわる。あるある、カウンターとテーブル席二、三ほどのちいさなラーメン屋。でも、だれも人が入っていない。べつの路地でまた見つけるも、常連さんらしき人がビールを飲んで店主と話している。お客はそのひとりだけ。うーん、理想のラーメン屋はいいが、おいしくないラーメンだったら嫌だなあ。さまよっているあいだに刻々と時間は過ぎる。

 やっぱり、理想より、味だ。私は意を決してきた道を戻り、さっきの混んでいた中華料理屋に入った。メニュウの「麺類」の欄には、中華料理屋らしくたくさんの種類がある。担々麺、もやしラーメン、肉そば、あんかけそば、等々。私が求めているのはシンプルなラーメンだが、こんなにたくさんあると、迷う迷う。迷ってなぜか、酸辣湯麺を頼んでしまう。

 酎ハイを飲みながらフロアを眺めると、この店、ちょっと異様である。だって時間は午前一時過ぎ。なのに、ほとんどのテーブルが埋まっていて、しかも全員、まるでまだ午後七時であるかのようなエネルギッシュな様子である。この店はいったい何がおいしいのかと各テーブルを見やると、またしても異様なのが、麺類とかごはんものといった〆ではなく、みんな、午後七時であるかのように料理を並べて食べている。青菜炒めとか餃子とか卵と何かを炒めたものとか春巻きとか、半端なく食べている。なぜ午前一時に……?

 酸辣湯麺が運ばれてくる。おいしい。あつあつで、細切りの肉や筍やもやしがあんに絡んでたいへんおいしい。辛くてすっぱくて、体の芯がどんどんあたたかくなってくる。夢中で食べながら、ああ、でもこれは飲んだあとのラーメンというより、ごくふつうの食事だ、やっぱりラーメンにすればよかったかな、と思い、ちら、と振り返って肩越しにフロアを見る。ごくふつうに飲み、食べ、笑う大勢の人たちの姿がある。うんうん、いいのだ、と、なんだか安心してまた食べ進めた。

 あの店、もしや幻だったのではなかろうかと、帰ってきてから検索してみた。ちゃんと存在していた。そうしてどうやら、その店でのいちばん人気は「酸辣湯麺」であるらしい。

 好きこそものの上手なれ。祭りの勘も、けっこう当たってきたものである。

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著者プロフィール

角田光代 かくたみつよ

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
90年「幸福な遊戯」で「海燕」新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夏のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞などいくつもの賞を受賞。03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、04年『対岸の彼女』で直木賞受賞など。