アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2005年11月1日〜11月30日

日
11月1日
火曜日

 昨日は三年ぶり(いや、二年ぶりか)の会合があり、ひたすら楽しくて例によって飲みすぎ、帰宅したのが二時、帰ったら風呂が沸いていたのでなんとなく入って寝たのが三時、今朝はもちろん遅刻。でも、八時半に家を出て、九時から仕事はじめってのが、いちばん心地いいと今日思った(朝の七時前に家を出ると、寒暖の差がありすぎて、何を着ても午後には気持ちが悪くなる。八時過ぎだと、だいたいその日の天候はわかる)。なんとかしよう、来年には。取材一件。

日
11月2日
水曜日

 ずぼらであることをあらわすのに、「ズボ」という単位を用いたとしよう。0ズボは、ごはんを食べたら食器をすぐに洗う、毎朝掃除機をかける、毎食後にき ちんと歯磨きをするような人だとしよう。食器はまあ、食べ終えてすぐではなくても、その日のうちでいいや、というくらいのちょっとずぼらな人を、50ズボ だとしよう。私は赤裸々に告白すると、100ズボである。もしこの単位の上限が100でなければ、300ズボくらいである。訓練によって、見せかけだけで も二割減くらいにはできるとしても、でも、基本100(300)ズボである。
 と、こんなことを日中、つらつらと考えたのは、この半年くらい整理をしていない鞄の中身が、しっちゃかめっちゃかで、外出先でスイカカードを出そうと 思ったらしっちゃかめっちゃかにまぎれて、五分さがしても十分さがしても出てこず、盗まれたかと(責任転嫁して)心配になり、それでも出てこず、腕が重く なり、いらいらして、鞄を放りなげて泣きたくなる、というのを、日曜日から四度ほどくりかえしたためである。
 私の鞄には、現在、おそらく百枚ほどの名刺と、二十枚ほどのカード利用明細書と、七軒ほどの店の地図と、十枚くらいの手書きメモと、九枚ほどのバラに なったガムと、五組ほどの何かわからない書類が、入ったままになっていて、それが通常仕様。そこに、財布とか携帯とかスイカカードとかあらたなメモとか数 冊の本とか、を入れて日々歩いているわけである。これを100ズボと言わずしてなんという。……なんてえばってる場合じゃないよね。
 でも、どのように整理していいのかわからないから、なんにもしない。オールオアナッシング。結局、帰りもきっと改札前で、半べそかいてスイカカードをさがすんだ。昼は富士蕎麦、今日の夜は会議(お弁当の出る会議)。

日
11月3日
木曜日

 昨日またしてもスイカカード紛失。仕事場前の階段でさがして、駅の階段おりながらさがして、改札前でさがして、見つからなくて結局切符買って改札入って、電車のなかで、スイカカードが上着のポケットに入っていることを発見。ムハーッ、と思う。
 今日の午後は、神奈川県で何か賞をいただいたので、県民ホールまでいってきた。なつかしや県民ホール。しかし、横浜って、いくたび変わっている。という か、いって帰ってきてしばらくすると、イメージがすぐに昔の横浜にもどってしまうんだろう。なんにもなかった桜木町から関内への道、タクシーで走ったら、 とても美しくなっていた。紅葉坂、という文字を見たら、幼少期の記憶がどばっとあふれでてきて、せつなくなった。
 「関西には、火薬うどん、爆弾うどん、ってのがあって、火薬って何かと思ったら、牛丼みたいに肉がのってる。爆弾、てのは、魚のすり身んなかになんか 入ってる」と、タクシーのおじさんが話していた。おいしいんですか、と訊くと、「甘いね、関東の人間にしたら。ま、うまいはうまいよ」ということだった。

日
11月4日
金曜日

 朝がた髪を切る。昼はカレー。これから、法政大学にいく。ドイツ人の作家が数名来日していて、昨日、今日とシンポジウムがある。今日の最後の回に出 る。……と思っていたら、朗読用の本がうちにない。買わなくっちゃならん。自分の本を本屋で買うのってなんとなくなさけない。あほだなあ。締め切りひと つ。

日
11月6日
日曜日

 一生のうち、二度くらいしかしたことのない寝坊をした。起きたら十一時半。今日は十二時二十分に早稲田大学で待ち合わせで、十一時四十分に家を出んとい けん。さー、と体から血が引く感じ。顔あらって着替えて荷物持ったらもう十分経過。服も選べず、化粧もできず、ごはんも食べられず、すわーと走った。
 何があるって今日は早稲田の学祭で忌野清志郎のライブがあるのだ。なんと昼の十二時半から。私がもっとも尊敬する大人Tさんと、Oさん、Mさんとでライブを見る(平均年齢四十五歳くらい)。
 なんとかまにあった。待ち合わせにあらわれたTさんは忌野的正装(派手シャツに緑のズボン)。メイクが清志郎。なんかスゴイんだけれど、あまりにもふつ うなので、ぎょっとした感じがない。Mさんはなんと札幌にいて、飛行機が整備のため飛ばず、一時間遅れになるらしい。入場者の列を整理する学生の人たち が、「清志郎さんのライブはこちらでーす」と、さん付けで呼び込み・整列させていることに、感心した。それに学生の人たち、えらい。本物を呼ぶところがえ らい。
 ライブは文キャンの記念会堂にて。卒業式とか、入学式とかやるところ。だだ広く、天井高く、しかも天井のブラインドが開いていてフロアは明るく、田舎のダンスパーティとか、東南アジアのアマチュアロックコンテストとか、そんな雰囲気。二階席で観る。
 早稲田祭に清志郎がくるのは、私の記憶が正しければ、十六年ぶり。1989年に、やっぱり文キャンの屋外ステージにタイマーズとして演奏、その後、本部 キャンパスの教室でもタイマーズで登場していた。二十二歳の私は、そのとき友人のバンドの手伝いをしながら、その合間にタイマーズを観たのだった。
 ライブはたいそうすばらしかった。感動した。ライブで観ると、清志郎がどのくらいすごいかがよくわかる。
 ライブ終了、帰ろうとしたら、TさんとMさんが楽屋に寄っていくという。楽屋に、しかしまさか清志郎はいないだろうと思ってついていく。ほーしたら さー、通路でMさんが「清志郎にははじめて会うの?」って訊くじゃん。清志郎、いるんですか。と訊く声がすでにふるえている。ほんものの、生の、清志郎 が、いるんですか。とすでに吐き戻しそうになる。「あはは、いまわのなましろう」って、Mさん、そんなことを言っている場合じゃないっすよ。
 あの、私、今日、人生で二度目くらいのめずらしい寝坊をして、そこいらへんにあるものを身にまとって、髪も整えず、化粧もせず、唇かさかさで、それでこ こにいるんです。あの、それで、なんでよりによってそんなときに、二十年来の私のスーパースターに会わなければならないの。
 とり乱しているうちに、楽屋にいく。三宅さんがいて、生清志郎がいて、耳鳴りがしてくる。小説を読みました、と三宅さんが言ってくれて、硬直する。生清 志郎に、Tさんが紹介してくれる。私の人生のスーパースターは、何か言ってくれたんだけれど、耳鳴りが最高潮で、声なんかぜんぜん聞こえやしない。あわあ わと阿呆みたいに挨拶をする。隅に盗まれて返ってきたオレンジ号がある。
 そのまま耳鳴りと鼓動と震え全開のまま楽屋をあとにして、Tさんたちとタクシーに乗りこんだ。ふと、私、来週死ぬんじゃないかと心配になる。生命危機を感じるほどの幸運。
 大久保の韓国料理屋にいって、四人でビールを飲み豚の焼き肉を食べる。耳鳴りかすかにずっと続く。百歳酒というおいしいものを飲み、仕事が残っているので、途中退席。駅のトイレにいったら、目やにがついてた。泣こう、仕事終わったら。存分に。
 (もし来週死ななかったとして)これから先、一生涯寝坊しない。いついかなるときもいいかげんな服を着ず化粧をする。と、かたく心に決めた三十八歳の秋。
 しかし、目のまわりをまっ青にぬった「正装」のTさん、本人がふつうにしているので、タクシーの運転手も韓国料理屋の人も、ちらりと見るものの、ごくふつうに接していて、それがなんだかおかしかった。

日
11月7日
月曜日

 12時半から全日空ホテルで取材二件。
 鞄の中身を整理したら、意外に早くかたづいた。とりあえず80ズボをめざそう。
 締め切りふたつ。

日
11月8日
火曜日

 あっ、今日友だちの誕生日。おめでとうメールを送る。
 AとBとCを買いにいこうと思って外に出る。こういうとき、かならずひとつ忘れるんだよなあ、と思ったら本当に忘れた。ところで、ABCはたいしたものではなくて、コピー用紙と鳥の餌のボレー粉とゴミ袋。
 朝の七時から夕方五時半まで仕事場にいて、原稿を一行たりとも書く時間がない、という不条理。ゴミ袋なんか買い忘れている場合じゃないんだってば。

日
11月9日
水曜日

 私は少々脅迫観念的な性格なので、毎日同じ時間に、朝、昼、夜と食べないと、不安や恐怖や(だれにも向かわない)怒りなんかを感じる。自分でもやっかいだとは思う。
 今日は、昼の十一時半から都心で、立て続けに取材と打ち合わせが入っているので、少し前から、昼ごはんどうする、昼ごはんどうする。と、そればかり考え ていた。なんのことはない、十一時半からの取材の人が、お弁当をくれた。会社の会議室でお弁当を食べながら、自分のことが情けなくなった。
 その会社で、久しぶりの人に会って、あまりの久しぶりさに、うわあ、○○さん、と走り寄ってしまい、走り寄りながら、いや、そこまで(走り寄って手を握りあうほどは)私たちは親密ではない、と気づいた。締め切りひとつ。

日
11月14日
月曜日

 12、13日と、恒例の温泉会。作家、編集者、新聞記者など、十人前後で温泉にいく会で、この十年ほど続けている。今回はバスを貸し切って、長野の温泉にいく。参加者は十五人。
 この温泉会はおそろしく、出発から解散まで、ほとんど間をあけずずーーーーっと飲んでいる。ほとんどの参加メンバーが、どこにいくのかもよく知らず集合 場所にやってきて、言われるままバスや電車に乗りこみ、どこへいくのかもわからないまま、とにかくずーーーーーーっと飲んでいる。はじめて参加したころ は、そうしなきゃいけないのだと思って私も飲んでいたが、マジで、体がもたない。ほとんど最年少の私がいちばん軟弱。ずーーーーーーっと飲んでいる人々 は、七十代とか六十代で、飲んでも飲んでも元気だし、朝もちゃんと起きてくるし、私からしたら、なんだかもう妖怪じみている。
 善光寺にいき、その日は野沢温泉泊。すばらしい旅館、すばらしい温泉。旅館のまわりにはただで入れる外湯がたくさん。食後に部屋宴会。
 偶然にも、先日のシンポジウムでいっしょだったドイツ文学者の人たちが、同じ宿でセミナーをしていた。部屋宴会に、シンポジウムでちらりと会ったオース トリアの若い女性作家カトリンさんが遊びにくる。横になりながら酒を飲む男や、浴衣をはだけて酒を飲む男や、飲みすぎていったん眠っている男や、そこいら じゅうに散乱する酒瓶や、ものすごい量のつまみや、部屋じゅうに充満する酔っぱらい特有の気だるい空気を、若きカトリンさんはいったいどのように見たので あろうか……。
 私は一時に寝たが、妖怪チームは四時半まで起きていたらしい。何を話すことがあるのか、と翌朝訊いてみると、文学について、らしい。好きなんだねえ、文学が……。
 明くる日は、山のてっぺんで雪を見たり、火山のあとを見にいったりする。いや、じつは、私もほかの酔っぱらいメンバーと同じで、どこにいくのか、どこに いったのか、まるでよくわかっていないのだ。しかも、このメンバーは観光名所に連れていかれるままいくものの、バスを降りても歩かない。歩かないでそこに 突っ立っている。駐車場から徒歩十分の名所があっても、ぜったいに見にいかない。数人の、気骨のある人だけが見にいって、帰ってくるのをただ待っている。 観光嫌いの観光旅行なのだ。
 しかしながらこの温泉会のいいところは、自由であること、それに尽きる。酒を飲みたい人は飲むし名所にいきたい人はいくし、いかに名湯といえど風呂に入 りたくない人は入らない。善光寺にいっておいて「善光寺より蕎麦屋にいって熱燗飲みたい」、おぶせにいって「北斎美術館なんか見たくない、蕎麦屋で酒飲み たい」と言いつづけることの、この自由さよ、と思う(情けない、と思いもするが)。
 渋滞のため、都内に帰り着いたのは十時近く。バスでずっと飲んでいた数名(五十代〜六十代)、そのまま焼き肉屋に飲みにいく。妖怪……。締め切りみっつ。

日
11月15日
火曜日

 咳が止まらず、ごぼごぼして仕事にならないので、病院にいく。気管支炎だった。
 午後、羽田空港の会議室で取材を受け、五時半の飛行機に乗る。函館行き。
「函館はイカ。イカ食べなきゃ。カツイカ。まぐろもいいけどやっぱりカツね」と、タクシーの運転手さんに念押しされた(十分ほどの会話のなかで、たぶん、 二百回はイカという言葉が出てきた)ので、夜はカツイカのある居酒屋へいった。カツは、活、で、生きているイカのことだった。たしかにおいしかった。とく に、あの、肝が。

日
11月16日
水曜日

 午前中、函館の女子校にいく。女子たちがたいへんにかわいらしい。高校生って高校生というだけでかわいい。それはもう顔立ちとかそういうのと関係なく、 みんな魅力的。校則で、化粧はだめ、染髪だめ、パーマだめ、というのは昔からあって、自分が生徒のころは、校則を嫌っていたけれど、化粧しなくても染髪し なくてもパーマしなくても、きれいなのだ、と思う。大人になってみると、あの校則は、「花を摘むなかれ」というようなものだったのでは、とすら思う。い や、高校生は、この感じ、わからなくていいのだ。おじさん、おばさんになってはじめて思うこと。
 昼、函館空港でうにいくら丼を食べ、東京いきの飛行機に乗る。
 咳止めの薬を飲んだら、一日、頭がぼうーっとしている。咳は出ない。が、ぼーっ。

日
11月17日
木曜日

 午後、下北沢の、わけがわからないくらい広いお屋敷で撮影。ドナルド・キーンさんに会う。すごいことだ。
 咳が、まだ出る。風邪は十年に一度、治療はただ寝る、たったの一日でなおっていた健康だけがとりえの私がいったい……ごぼごぼ(とわざとらしく咳)。
 昨日早起きして、函館朝市で買った蟹が届く。蟹は何派ですか? 私はたらば派です。締め切りひとつ。

日
11月18日
金曜日

 咳続く。薬を飲むと、あまりにもぼうっとして現実感がなく、仕事ができないので、飲んでいないのだ。
 今日の午後は移動日。麻布のほうの(未だにどこだかわからない)バーで取材。のち、けやき坂のイルミネーションのところで撮影のみの仕事。のち、六本木のどこかの店で、取材を含めた飲み会。
 けやき坂というのは六本木ヒルズの前。六本木ヒルズって、架空の場所のように思っていたけれど、今年の四月、六本木ヒルズの上のほうの階でトークショー の仕事があって、本当に六本木ヒルズがあることを知った。でも、六本木ヒルズが高層ビルであるという以外、なんなのかはわからなかった。それから二カ月ほ ど前、Jウェイブの番組に出て、また六本木ヒルズにいった。六本木ヒルズは、オフィスビルらしい、とわかった。Jウェイブの会社は、近未来みたいな、ハリ ウッド映画に出てくるオフィスのような、不思議なところだった。
 それで昨日、前後の時間があいたので、六本木ヒルズ内に入ってみたのだが、店がたくさんあって驚いた。半年ほどかけて六本木ヒルズの全容が少し見えてきた。下に店があり上がオフィスビル、最上階がトークショー用のホール(なんだか非常に狭い理解だな)。
 どっからどこまでが六本木ヒルズなのかわからないくらい広くて、迷子になりそうだった。
 けやき坂は、木々にイルミネーションがとりつけられ、にせものの世界みたいにまばゆかった。
 おもてで写真を撮ると、機材が立派であればあるだけ、道行く人が、「どなた?」という目でふりかえる。そうして撮られている私を見て、「なーんだ」とい う顔を、一様になさる。この、「なーんだ」には、けっこう申し訳ない気持ちになる。「すみません、私なんかで」と思うのである。おもての撮影は、だからに がて。
 飲み会は、たのしくて一時近くまで飲んでしまう。帰りのタクシーで、私が寝そうになると、運転手の人が懸命に話しかけていた。雪山登山みたいだった。締め切りふたつ。

日
11月19日
土曜日

 なにごとがあろうとも、ぜっっっっっっったいに、五時半以降、土曜日曜は仕事をしない、とかたく心に決めていたのだが、どうしても仕事が終わらず、仕事場にきて、仕事をする。かるくおちこむ。決めたことを、決めたようにできないと、おちこむたちなのだ。
 咳がまだ止まらず。ちょっとおかしいんじゃないかと思いはじめたところ、知人Nさんから、「風邪などが長引くのは、更年期障害の症状のひとつでもあるら しい」と聞き、たいへんに驚く。そうか更年期障害か。思い当たる節もある。朝、この季節だというのに、汗をびっしょりかいている。寝間着がぬれてるくらい の汗。
 かなしいとも、ショックとも思わず(だってもうすぐ四十歳だもん)、しかし、なんだか大声で宣言したくなる。
「私はー更年期障害ですよー、こうねんきー、しょうがいーっ、でええええすっ」と町じゅうにむけて。これはいったいどういう心持ちだろう? すねているのか?

日
11月21日
月曜日

 昨日、本当に、一点の曇りもない幸福な夢を見た。もういない人といる人、会わなくなった、会えなくなった、いろんな人たちで、食事をしていた。だれもか れもが、楽しく笑ってごはんを食べていた。目覚めたとき、とてつもなくうれしい気持ちだった。さみしくもあったけれど、でもやっぱり、うれしい気持ち。夢 を見る、という能力に心から感謝する。夢のなかでしか、もう会えない人がいる。
 夜は恵比寿で飲む。咳がおさまりつつまだ出るので、一次会で帰ろうと思っていたが、楽しくなって二次会までいく。意志が弱いなあ。二次会で、お絵かきゲームをやったら、これが存外おもしろかった。
 参加者二組に分かれる。一組が、紙に好きなキャラクター名を書く。もう一組が、その紙を引いていく。紙に書かれているキャラクターの絵を描く。みんなで それに点数をつける、というもの。私はワカメ(磯野家)の絵で準々優勝までいった。おしい。締め切りよっつ。

日
11月22日
火曜日

 お昼に東京會舘。今日は大沢在昌さんと読売ホールで公開対談。会議室みたいなところで、十人くらいでお弁当を食べる。黄色い、人参にマヨをまぶしたよう なものがお弁当に入っていて、すこぶるまずそうなので、おそるおそる囓ってみたら、蟹だった。あー蟹とわかってよかった。人参と思って残さないでよかっ た。
 そんなことを言っている場合ではない。正面には大沢さんがいてたいへん緊張した。二時前に読売ホールへ。読売ホールというのは、元そごうの上階。一部は 大沢さんの講演で、二部が対談。大沢さんの話はすごーくおもしろかった。お弁当のときからずーっとおもしろかった。ものを書く人は話すのが苦手と思いこん でいたけれど(自分がそうだから)、両方うまい人もいるんだなあ。
 私と大沢在昌さんの組み合わせで「なぜ」と思う人が多いようで、実際「なぜ」とたくさん訊かれたけれど、私と大沢さんにはものすごい共通点があるので す。誕生日がいっしょ。大沢さんによると、この日生まれには直木賞作家が四人いるらしい(高木ブーもいます)。あとはデビューした年齢がいっしょ。とはい え対談のテーマは誕生日のことではなくて本と本屋さんについて。
 対談後は大沢さんと別れ光文社の人とタイ料理屋へ。辛くなさそうな店構えなのに立派に辛かった。それにしても、大沢さんはかっこよかった。お書きになる小説の通りかっこよかった。

日
11月23日
水曜日

 休日だけど仕事。今日は私の好きなゲームの発売日。ゲームはほとんどしないが、このシリーズだけはやるのだ。
 休日なのに仕事しているんだから、帰りに買ってもいいよね。
 でもゲームする時間なんかないじゃん。読まなきゃなんないものが山積みじゃん。
 ないけどさあ。でもゲームもできない人生なんてどうよ。
 人生は大げさだろう。べつにいいんだよ、買ったって。眠る時間が少なくなって困るのは自分だし。
 ああ、いやだなあ。そういう脅しじみたこというの。
 と、朝から、心のなかでひとり会話中。子どもは親にゲーム時間を削られるが、大人は大人で何かによって削られる。

日
11月24日
木曜日

 朝七時に横浜に向かう。横浜市庁舎。十時半過ぎに出て、関内から東京。
 東京駅構内でものすごくまずいごはんを食べる。まずいもの、ひさしぶり。
 それから双葉社にいって取材。途中でごほうびのケーキが出る。おいしかった。
 夜は、ぶりのおろし醤油、蓮根と人参と鶏挽肉のきんぴら、湯豆腐、ブロッコリーのポタージュ。睡眠が足りず体がだる重いので、十時に寝る。

日
11月25日
金曜日

 パソコンがどうもこわれかけている。パソコンが危ない、というのは、人生危機ベスト8くらいに入る、たいへんなことだ。ズボ100の私は、きちんと原稿 のバックアップをとっていないから、もしパソコンがストップしてしまうと、書きかけのものが、ぜんぶどこかに消えてなくなる。掲載誌もとっておいていない から、連載しているものの、前の話もぜんぶわからなくなる。(こういうときいつも私が思い出すのは、藤子不二雄先生の「まんが道」の、二人が金沢に帰る場 面。続々とくる電報を無視するあの、こわいこわいシーン。)
 だから、過剰反応をしてしまい、いつも、「あ、これは危ない」と思うと、なおしたり様子を見たりせずに、いつもあたらしいパソコンを買っていた。それ で、今回も、買いにいこうとしたんだけれど、なんか一年に一回パソコン買ってる、とはたと思い至る。鞄ですら、五年とか六年に一回しか買わないのに、なん でパソコンを毎年買うか。
 それで今回はなおしてみることにした。サポートセンターの人のいうとおりに、バックアップをとり、再セットアップをして、しかし、なおらない。結局修理に出すことにした。
 修理に出しているあいだ、「仕事ができない」と言い切れればどんなにいいだろう。過剰反応のため、使えるパソコンがなぜか三台もあるため、ちーーーこいパソコンで仕事している。もう、豆粒に絵を描くような細かい手作業だ。

日
11月28日
月曜日

 夕方WOWOWでインタビュー。WOWOWは昔アルバイトしていたところ。十五年くらい前。そのころは虎ノ門に会社があって、毎日楽しかったなあ。今は赤坂にある。かつての知り合いに会うかな、と思っていたが会えなかった。
 その後、麻布十番の中華屋で連載終了の打ち上げ。ずっとイラストを描いてくださった金子恵さんと半年ぶりくらいに会う。金子さんは、そよかぜのような人なのに、じつは狩猟系の人だった。もっと飲みたかったけれど、明日の朝が早いので早めに解散。
 思えば、この一年、「こんどこそ思うまま飲んでやる〜」と思いつつ、仕事がぎゅうぎゅうで、酔っぱらわずに帰っている。大人になったなあ、と思う反面、さみしい。いつ、思うまま飲めるだろう? と風呂のなかでぼんやり考える。締めきりふたつ。

日
11月29日
火曜日

 母の命日。もう一年もたってしまったんだなあ。いつまでもかなしみからたちなおれない。ごくふつうにごはんを食べたり、仕事をしたり、笑ったり、してい るけれど、心のある一点はずっとかなしいまま。きっとこのことに関しては一生たちなおれないんだろうと思う。それでもいいやと思うしかない。身内とかペッ トとか友だちとかをなくした人はみんなそうだろう。あるいは、人じゃなくても、大事なものをなくした人はみんなそうだろう。
 午後、Jウェイブにいく。「対岸の彼女」がラジオドラマになるので、コメントを録音するため。また六本木ヒルズ。今回は、正面玄関がどこかわかった。 ブースでは、小夜子役の中嶋朋子さんと、葵役の永作博美さんが録音をしている。聞いていると二人なのに四人いるみたい。いつも思うけれど、女優とか俳優っ て仕事は、本当にすごいことだ。
 四時過ぎに出る。六時過ぎに帰宅。どうでもいいような夕食を作って食べる。
 あ。ラジオドラマ「対岸の彼女」は、12月23日にJウェイブで流れます。

日
11月30日
水曜日

 愚痴ります。
 「どこそこの某ちゃんはもっとお勉強しているわよ!」とか言う母親みたいに、物書きの仕事量を比べる編集者(きまってよく知らない、仕事をいっしょにし たことのない人)がときたまいらっしゃるんだけれど、なんだかなあ、と思う。じつは朝が早い私もときどき「某ちゃん」扱いされている。「カクタさんは朝の 七時から仕事をしていますよ」と、ほかの作家の人に言う編集者がいるのである。でもさあ、時間なんてほんと人それぞれだし、私は朝早いぶん作業終了だって 早いし、それに、時間と質は関係ないしねえ。
 ただのエピソードとか武勇伝とかじゃなく、「某ちゃん」系の比較として、「だれそれさんはこうですよ」って、私もときどき言われて、びびり屋だから、 「ああだめだ、私もがんばんなきゃ」とかテスト前の子どもみたいに思うんだけれど、そんなこと思う自分にまたがっかりする。大人になったのにねえ。物書き は決して決して編集者に対して「どこそこ社の某さんはあなたよりもっと仕事が速く、能率もいいですよ」なんて言わないけどなあ。
 11月が31日まであると思っていたので、ちょっとてんばる。今年ほど、すべての月に31日を! と願った年はない。締め切りよっつ。ひとつ、ま、まにあわず……。

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