アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2005年12月1日〜12月26日

日
12月1日
木曜日

 昼、恵比寿で打ち合わせ。その後文春にいく。文春の編集部にはじめて入る。編集部というのは、紙系のものがお化け屋敷のようにディスプレイされている、 という印象があるのだが、文春はきれいだった。オール読物の企画でいったのだが、編集部には、全国からお取り寄せした食材が山積み。来月号で、そういう特 集があるらしい(あるらしいって、私もお取り寄せアンケートに答えたんだった)。
 三十分ほど、女三人でお茶を飲む。女子校の昼休みみたいに妙になごむ。

日
12月2日
金曜日

 夜、仕事をさせてもらっている料理雑誌の編集部の方二名と、焼き鳥屋さんで打ち合わせ。この料理雑誌は料理学校が母体なので、二人とも、たいへん料理に 詳しい。私はつねづね、「てきとうなごはん」というのは、料理下手ではなく、料理がうまい人しか作れない、と思っていたのだが、二人とも同じ意見だったの で、これはちょっとした真実だ、と思う。
 料理をはじめたばかりの人、料理が苦手な人は、「冷蔵庫にあるものでぱぱっと」という芸当はできない。十年くらい料理と格闘してはじめて「ぱぱっと」ができる。冷蔵庫の残りものでぱぱっとごはんをつくるおかあさん、という人たちは、だから料理のプロなのだ。

日
12月4日
日曜日

 雨降りなので自転車に乗れない。歩いて買いものにいく。

日
12月5日
月曜日

 最近、秋から冬にかけてのグラデーションがない。あったかい秋だねえ、なんて油断していると、次の日、とつぜん冬になっている。この、直角的な変わりかた、なんとなくさみしいと思う。
 秋に思いを馳せていて、突発的に気づいたことがある。ひとり暮らしをはじめてから、つまりこの十八年ほど、さつま芋を買ったことがない。一度たりともだ。従って、料理法も知らない。

日
12月6日
火曜日

 昼、知人四人と天ぷらを食べる。頼みたいことがあったので、帰りに仕事場によってもらう。またなごむ。最近、なごみやすい。
 明日から、ほぼ二週間連続で、忘年会の嵐になる。そのすべて、仕事がからんでいるので休めない。心してかからねば。
 夜は牛肉を買ってカレーを作る。私は味覚異常か、というくらい辛いものが好きなのだが、ちょっと下品なので辛さはふつうにして、チリペッパーをたくさん かけて食べた(結局下品)。水菜と、タマネギと、きゅうりと、油揚げで、本当にどうでもいいサラダを作ったが、ふつうにおいしかった。これで私も「ぱぱっ と派」に仲間入りできるか。締め切り二つ。

日
12月7日
水曜日

 仕事場が、なんかくさい。下水のにおい。動いていれば、においも消えるだろうと思っていたが、何日たってもくさい。くさいのって、じっと我慢している と、数時間後に慣れる。でも、あっ慣れた、と思うときがたまらなくかなしい。寒いが窓を開けると、肉のにおい。近所のハンバーグ屋からだろう。肉のにおい 歓迎。下水のにおいを消しておくれ。午後、たまらなくなり、スーパーで消臭剤とパイプに流しこむ何かの薬を買ってきて、まきまくる。どうか明日はくさくあ りませんように。
 くさい仕事場を出て、夜は、知人の退職祝いの会にいく。早く帰ろう、と決めたのに楽しすぎて遅くまで飲んでしまう(あれっ、この文章、以前にも書いた気 が)。知人のNさんは、十一月で前の仕事場を定年退職して、十二月からべつの会社で仕事をしている。家が近所なので、近所のおじさんだと思っていたら、じ つは、とーってもすごい経歴を持つ人だった。この会に、ほんものの歌手の人がきていて、カラオケで、自分の歌をうたってくれた。あまりにほんものすぎて (ほんものなんだけど……)なんだかにせもののように見えた。カラオケって、人をにせものくさく見せるんだなあと思った。

日
12月8日
木曜日

 朝起きたらぎょっとするほど腹が減っていて、なおかつ二日酔い。おとといのカレーがまだあったので朝からカレー。
 実家に住んでいたころは、カツカレーとか、ドリアとか、天丼とか、そういうものが私の朝食だった。今はさすがに、作ってくれる人もいないし、高脂血症気味だから、そういうものを朝には食べない。だから久しぶりの朝カレー。
 夜は、知らない人たちと打ち合わせのために六本木。なんだか最近六本木率が高いが、ちっとも地理を覚えない。
 知らない人二人と知っている人ひとりの計四人で、「生涯一ドラマ」の話をする。今まででいちばん心に残っているドラマは何か。これは世代感が色濃く出て おもしろい。三十六歳男性は「北の国から」。三十五歳男性は「トミーとマツ」。三十歳男性は「愛という名のもとに」。愛という名の……あたりで、おお、や はり若い、とため息がもれる。それを真剣に見ていたか、け、と思いながらも見てしまったか、というのもまた、世代によって違うみたい。三十歳男性の恋人が 二十一歳だというので、電話して生涯一ドラマについてアンケートをとる。すると答えは「大和撫子」だった。見ていないけど、それ、つい昨日とかの話じゃ ん、と思うくらい最近だよな。
 しかし携帯電話で「生涯一ドラマって何ー」と会話する恋人たちを見ると、この人たちの恋愛には携帯電話があるということが前提なのだな……と感慨深く思う。
 私の生涯一ドラマは「おもいでづくり」です。太一先生の。次点がムー。古いね。締め切りみっつ。

日
12月11日
日曜日

 昨日今日と、有隣堂恵比寿アトレ店、リブロ池袋に、きてくれた人に深く感謝の月曜日。きっとだれもきてくれないんじゃないかなー、きても15人くらい?  と思っていたので、本当にうれしかったのだ。うれしい、という言葉の五百倍くらいうれしかった。やさしい言葉をたくさんかけてもらった。ありがたい、と いう言葉の千倍くらいありがたい気持ち。寒いなかありがとうございました。
 日曜日の帰りは、池袋西武の地下の魚久で、カレイを買って帰った。粕漬けカレイ。

日
12月12日
月曜日

 自宅に本棚を作ってもらうので、今日は一日、仕事場にいかず自宅にいる。九時搬入で、工事開始。
 平日の昼間に家にいると、なんだか微熱で学校を休んだときみたいな気分。休日の昼間とは家のなかのかんじがちょっと違う。
 ところで。五年前、ギリシャのロードス島を旅していたとき、芸大の学生の男の子にあって、いっしょにごはんを食べた。ロードス島で別れたんだけれど、数 日後訪れたメテオラで、また偶然にもこの子にあった。すごいねー、と言い合い、いっしょに安ワインをしこたま飲んだ。彼はまだ半年くらい旅をするというの で、メテオラで、またねー、と別れた。
 帰国後、ギリシャであったこの男の子が、私の友人(友人というのもはばかられるが、芸大で先生をしていた評論家で作家でもある松山巌さん)の教え子だ と、またまた偶然知る。不思議な縁もあるものよ、と思っているうちに、男の子は帰国し、卒業し、就職し、結婚し、そんで今年、独立して建築事務所を作っ た。
 今日の本棚は、この男の子の事務所に設計をお願いしたのだった。縁ってすごいですなあー。ギリシャのロードス島が、たった五年の歳月を経て自宅本棚に……。
 午後四時ごろ、本棚完成。部屋にどさーっと置いてある本を入れていったら、入れても入れても終わらない。なんでこんなに本がある! と、毎回嫌味を言う 引っ越し屋さんの気持ちがわかったことである。しかし、もーのーすーごーいアイディアの本棚。こんなの見たことない。本を乱雑に入れてもなんだかさまにな る。私がロードス島で会ったのは未来の天才だったのだ。締め切りひとつ。
 六時に家を出て青山。数人とたのしくごはん、のち、カラオケ。どこだかわからないカラオケ屋にいき、うたう。しこたま飲んで、ほとんど帰り際、トイレに いったら、なんと鏡の前にすんごーい人がいた。あんまりにもびっくりして、魂を口から落としそうになる。ふつうだったら、へなへなと腰が砕けてぜったいに 話しかけられないが、酔っぱらっていたのがさいわいし、私はその人に近づき、あのあのあのあの、みみみみみ、宮部みゆきさんでいらっしゃいますか、と訊け たのだった。宮部さんは本当にやさしいすてきな人だった。明日になったら、私はきっと、しあわせな夢を見たと記憶しているに違いない。

日
12月13日
火曜日

 ああ、昨日はすてきな夢を見たなあ……。いや、夢じゃない。夢じゃないけど、でも、夢でもいいや、というような気分。
 昨日、たくさん飲んだが、眠る前に「ウコンの力」という、金色の瓶に入った飲みものを飲んだからか、二日酔いが軽い。二時から取材。締め切りふたつ。

日
12月14日
水曜日

 五時から取材、六時から会議、七時から若くない忘年会、移動してべつの若い忘年会。若い忘年会には、若者がたくさんいた。若者は、じつによく食べる。見ていて気持ちがいい。
 十二時過ぎに解散し、電車に乗ったんだけれど、近所の友人と、どうしても話したい議題が持ち上がり、近所で下りて、三人で飲む。白熱して話す。気がついたら三時近く。「あのさあ、帰ったら風呂に入る?」と訊いたら、入る、と二人ともが答えたので、私も入ろうと思った。
 連続忘年会はまだまだ続く。

日
12月15日
木曜日

 二時半から打ち合わせ、三時半から打ち合わせ、四時半から対談で、ずっと京王プラザホテルにいる。終わったあと、地元に戻って作家四人で忘年会。飲み会 に物書きだけ、というのはたいへんめずらしい。そこへ伝説の詩人が登場。近辺に住んでいるとは聞いていたけれど、本人があらわれるとは。「この店、今作家 濃度が異様に高い」と、Tさんが笑う。たしかに。なんの変哲もない中華料理屋、客十人ほど、のうち、五人物書きだもんなあ。
 その後移動してバーへ。バーの控え室が、書棚になっており、四人でそこに入れてもらう。とたんにみんな、本棚のタイトルを読み取るのに熱中しだし、なかなか控え室からでない。本が好きなんだなあ。
 もっと飲みたかったけれど、唇をかみしめて我慢し、十二時ごろ帰る。締め切りみっつ。

日
12月16日
金曜日

 先日、といってもずいぶん前、法政大学のシンポジウムで一緒になり、その後偶然野沢温泉で会ったカトリンさんが、19日に帰国してしまうというので、ご はんを食べにいく。銀座の日本風のお店。ドイツの専門家、Iさんに同席してもらい、日本語、ドイツ語、英語で語り合うも、運悪く、隣の席が忘年会で、えら い騒ぎ。三人で額をくっつけて大声を出しても、たがいの声が聞きとれないくらい。忘年会って盛り上がるのよねえ。でも、ゆっくり話せず、店をさがしたのが 私だったから、なんだか申し訳ない気持ち。

日
12月17日
土曜日

 午前中、母の一周忌。たった二人でお経をあげてもらう。お坊さんが、母のお墓の前で、歌をうたってくれた。お墓の前で祈らないで、だって私はそこにはいないから、私は千の風になっているから、という歌。泣いた。
 夜、母と最後に食事をした店で、天ぷらを食べる。

日
12月18日
日曜日

 「男たちの大和」という映画をみる。喫煙所で、三人のおじいさんが会話している。「私は疎開組でして……五年早く生まれていれば徴兵されていたでしょう なあ」「今日は若い人が多いですねえ」「いいことですよ、みんなどのように感じてくれるのか……」、と、話し合っている。この三人、お友だち同士かと思っ たら、煙草を吸い終わってみんなばらばらの方向に歩いていった。見ず知らずの人たちだったのだ。戦争映画をみにいくと、このような光景はまま見かける。
 夜、伊勢丹で買った点天の餃子を食べた。

日
12月19日
月曜日

 午前中、かんたん設定のおねえさんがきて、ものすごい早業で、ADSLを設置してくれる。すごい。みごと。
 そうなのです。私は今日の今日まで、「ぴーーーーーひゅるるるるるる」と音のする、ダイヤルアップ回線だったのです。添付書類とか、写真とか、受け取る のに、五分とか十分とかかかっていたのです。でももう「さぱっ」だもんねー。ほんと、「さぱっ」と画面がでてくるのには、驚いたことである。
 午後、また六本木ヒルズにいく。Jウェイブの番組で、葉加瀬太郎さんと、旅についての話をする。初対面だが、葉加瀬さんは気さくな人で、貝のように黙り こまずにすんだ。肉の話で盛り上がった。きっと葉加瀬さんも肉派なんだろうと思う。今日は、六本木駅と、六本木ヒルズのつながりがなんとなくわかった。な んだか今年、六本木ヒルズの考察ばかりしているなあ(しかし、全貌を理解するのにこんなに時間のかかる場所って……)。
 鶏挽肉と細かく切ったほうれん草と小口切り葱でオムレツを作ったら、存外おいしかった。

日
12月20日
火曜日

 午後、新潮社にいく。受付で、いしいしんじさんに会う。久しぶりの再会でうれしい。いしいさんとは、今年の夏、長野の動物園を歩いたのだった。二分くら いのあいだにいしいさん、ものすごいおもしろい話をしてくれ、一時間くらい話したような気持ちになる。これから長野に帰ると言う。
 会議室で、四件の取材を受ける。終わったら夜だったので、近所の焼き鳥屋にいく。おいしい焼き鳥だった。十時帰宅で、十一時就寝。ひょっとして風邪をひいたかも。今年は弱い。締め切りふたつ。

日
12月21日
水曜日

 昼前に家を出、六本木ヒルズへ。ていうか、なんでこんなに毎日のように六本木ヒルズにいってるんだ? 全貌もよくわからないというのにさ。しかしながら、今日は、正面玄関へのいきかたがわかった。
 六本木ヒルズから半蔵門へ。時間が四十分くらいあいたので、これさいわいと、昼食を食べることにする。それでまったく知らない店に入ったんだけれど、広 げたメニュウには、「メンチカツカレー」「シーフードカレー」、あとはハンバーグステーキ、サーロインステーキ等々。ちょっと待って。なぜカレーに、「メ ンチカツカレー」と「シーフードカレー」しかないのだろう?キチンカレーとかポークカレーのほうが、作りやすいのではなかろうか、あるいはカツカレーなら わかる、が、なぜにメンチ? としばし熟考するも、よくわからなかった。
 いつもの私ならば百パーセントメンチカツカレーを頼むが、この日は、何か胃が重いような気がしてシーフードカレーを頼み、シーフードカレーを頼んでいる自分にひそかに驚いた。シーフードカレーには、鮭の切り身が入っていて、それもまた、驚いたことである。
 半蔵門で用を終えた後、飯田橋へ。飯田橋で用を終えた後、目黒へ。
 今日は目黒で忘年会。連続忘年会のなかでいちばんたのしみだった忘年会である。料理上手な友人Mさん宅でオイルフォンデュを食べワインをかぶ飲みする。 オイルフォンデュという食べもの、彼女の家でしか食べたことがない。ものすごくおいしい。Mさんは、私の知るかぎりもっともおもてなし上手の人で、いつも あこがれる。五人ほどで、ものすごい勢いで話したものの、何を話したのか帰るときにはもう覚えていない。
 たしかに風邪をひいている。

日
12月22日
木曜日

 気がついたら、もう年末じゃん。あの、今年の抱負を考えたの、三日くらい前のような気がするんですけれど……。
 知人にもらった豆板醤で、チゲを作ってみたら、これがまあ、天才かと錯覚しそうになるうまさ。知人も、この豆板醤を使うと、天才になったような気がするといっていたような気がする(あ、重複)。

日
12月23日
金曜日

 休日だけれど仕事。近くのスーパーに買いものにいったついでに、ペットコーナーを見て、ささくれた気持ちをまろやかにできるようつとめる。頬の赤い白い 鳥、薄いブルーの鳥、売れないままここで飼われている鸚鵡、ウサギやネズミのちっこいの(なんていうんだっけ……ああ、ハムスター)、毛に覆われたいきも のはなんとかわいいのだろう。
 帰ってから、年末のせわしない気分から脱却したくて、今年の締め切りを全部終わらせて、編集部には人もいないだろうに、送信してしまう。びびり屋だなあ。で、締め切り四つ。

日
12月26日
月曜日

 土曜日のクリスマスイブは、時間がぽんとできたので、引っ越してまだゆっくり歩いていなかった町を、歩きまわる。ちいさい店がたくさんある町なので、自転車よりも徒歩のほうがたのしい。
 今住んでいるのは、二十六歳から三十三歳まで住んでいた町で、店々は変われど、いたるところに思い出があり、歩いていると記憶があふれ出してたいへんな ことになる。この町が好きだ、と思うその好きのなかには、この町で暮らしていたころが好きだ、という意味も含まれているんだろう。おいしいと有名なケーキ 屋まで歩いてみたら、長蛇の列。並ばずに、べつの店でケーキを買った。クリスマスにフライパンがほしいと願い、フライパンをもらう。
 午後一時から取材一件、そのあと、文庫本の打ち上げ兼新年会。写真家の佐内さんと、装幀をしてくださった池田進吾さんと、ひさしぶりに会う。
 来年の抱負をそろそろ決めなきゃなあ。締め切りひとつ。
 みなさん、どうぞよいお年をおむかえください。風邪ひかないように。

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