アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2006年1月3日〜1月31日

日
1月3日
火曜日

 あけましておめでとうございます。
 私はもう、恋かっていうくらい餅が好きで、正月は餅がたくさん食べられるからうれしい。去年は米屋で買った餅を食べたが、今年は餅屋で買った餅を食べた。しかしどこで買ってもおいしいね。ああ、餅、うまいなあ。
 元旦は曇り、二日は雨で、なんとなく正月気分になり損ねた。元旦はやっぱ、からんと晴れていなくては。元旦は、自転車に乗りまくった。道がすいていて、運転が下手でも安心だった。自転車で遠出をした。
 夜は羊肉を食べにいく。ジンギスカンが流行で、近場で羊肉が食べられて幸せである。私の肉順位は、豚、羊、牛。そのあいだのどこかに餅を入れろといわれ たら、豚、餅、羊か、いや、豚、羊、餅か、たいへんに悩む。さらにそこに卵を入れろといわれても同様に悩む。だれもそんなことはいいませんけれど……。

日
1月4日
水曜日

 寒すぎるっ! あんまり寒いので、俗に言うババシャツというものを買う。私は冬でも暑がりなので、このような防寒具を買うのははじめてのことである。私が買うくらいだから、今年防寒具は売れているだろうと思う。
 昨夜、左側頭部に白髪の群生を発見。ストレスで……と言いたいが、きっとたぶん、年だろう。母が私と同じ年齢だったころを思い出すと、ふつうに白髪のあるおばさんだったもんなあ。

日
1月5日
木曜日

 午前中取材一件。仕事場のある町を歩いて写真を撮ってもらう。こちらが通行のじゃまをしてごめんなさいなのに、カメラの前を横切る人がみな「すみません」と言って通り過ぎていき、この町の人はやさしいなあ、と思った。締め切りひとつ。

日
1月6日
金曜日

 午前中打ち合わせ一件。その後、おでんの具を買いに走り、帰ってきて、仕事のかたわら、煮る煮る。今日は夜から七、八名で新年会をする。
 ところで、人は、どれくらいの量の練りものを食べるのだろうと、大量のおでんを煮ながら疑問に思う。この日のために、IHの鍋を温めるものを買ったの に、なんと、土鍋はIHには使えないんだって。有機物だから……という説明を聞いているうち気が遠くなり、土鍋はテーブルに直置きに。おでん冷める、ガス であたため直置き、おでん冷める、のくりかえし。
 この日集まった七人のうち、土鍋はIHで温まらないと知らなかった人は四人くらい。締め切りみっつ。

日
1月7日
土曜日

 ようやく初詣。私は毎年花園神社にいく。芸事の神さまだから。もう7日なので、空いていた。おみくじは小吉。
 仕事場に寄ると、ワインの空き瓶五本、ビールの空き缶二十四缶、知らないお酒と知らないおつまみのから袋があった。昨日はひさしぶりに記憶が飛んだらしい。
 夜は焼き肉。

日
1月9日
月曜日

 商店街に日の丸の旗がひるがえる。
 組み立てる、とか、取り付ける、ということがひどく苦手であることに気がつく。というのも、ブラインド状のカーテンを頼んだはいいものの、部品がばらば らときて、途中までできたが、どうしてもカーテンを部品にくっつけることができない。カーテンは、丸まったまま仕事場の隅に放置されている。このまま夏に なるのか。それとも親切な人がいつか取り付けてくれるのか。

日
1月10日
火曜日

 ブラインド状のカーテンを、うはーと力任せにいじっていたところ、ぱこん!とうまい具合にはまった。夏まで布が放置される状態は回避できてよかった。し かし、うはーと力を入れただけだから、原理がよくわからない。ひとつの窓はついたが、もうひとつがまだ。こちらも、うはーとやってみるものの、ぱこんとな らない。窓ひとつカーテンなし状態で、布地を床にまるめたまま夏になるのか……それとも親切な人が……。締め切りふたつ。

日
1月11日
水曜日

 ババシャツって、しかしすごいですな。一枚着ただけで、ちょっと驚くほどあたたかい。私は更年期障害の疑いがある以前から暑がりで、冬でもTシャツで眠 るくらいで、ごはん食べていると汗が流れてきて、デパートなんか入ろうものなら暖房で気持ちが悪くなってくるのだが、今年はさすがに寒くって、汗もかいて いないし、地上の道より地下道を選んで歩いている。が、ババシャツ着用だと、あたたかい場所でやっぱり暑すぎて気持ちが悪くなってくることが判明する。そ れくらいの威力。
 取材ののち築地で会議。この会議にはいつもお弁当が出る。蓋のしめてあるお弁当箱を見るとわくわくする。今日は何かなーと、子どものような気分でいつも 蓋を開けている。昨日はお寿司。「やったー」と大声で言いたいが、しかしだれもそんなことは言っていないので、私も静かにお弁当を食べた。隣の席になった 最相さんが、福袋の醍醐味について教えてくれる(福袋の楽しみがわからない、という私のエッセイを読んでくださったのである)。最相さんの話にひきこま れ、福袋、来年は買ってみようかなあ、という気持ちになった。

日
1月12日
木曜日

 忙しくて昼ファストフード。食べながら仕事。かなしい。
 ファストフード店で、隣のレジにいたお客さんが、「水餃子セット」と言っていて、聞き間違えだとわかるんだけれど、自分が何と水餃子を間違えたのか猛烈に知りたくなり、メニュウをなめるようにして読んでみた。が、結局わからなかった。
 最近、「野ブタ。」のドラマが、すごーーーーーーーくおもしろかったのだ、という話をいろんな人から聞いて、うらやましく思っている。ドラマ癖のない私 は、すごーーーーーーくおもしろいドラマって聞くと、ものすごく見たい欲が刺激されるが、「すごーーーーーーくおもしろい」ってわかるのって、ドラマが終 わるころなのだ。馬券を買うような気持ちで、夜に「白夜行」を見た。すごーーーーくおもしろくなるといいんだけれど。でも、ドラマでは恋愛の話のみになる のね。締め切りよっつ。

日
1月13日
金曜日

 午後から、だだだだだだ大好きな作家である桐野夏生さんと対談。桐野さんのお話は、本当に奥が深く刺激的で、興味深いばかりかおもしろく、なおかつ私にもわかるようにとてもていねいに話してくださるので、感動する。ほんと、すごい人だと思う。
 その後千駄ヶ谷にいって、WOWOWで放送されるドラマ「対岸の彼女」の試写会の挨拶にいく。挨拶はすぐに終わって、友人がお茶の水近辺で飲んでいると いうので、お茶の水に向かうも、着いてから友人の携帯番号を知らないことに気づく。しばし意味もなく町をさまよったのち、空腹に耐えかねて、家に戻る。阿 呆だなあ、私。寿司をやけ食いする。ところで私は食べると食べたぶんだけ見事に腹が出るが(腹というか胃のあたり。まるく突き出る。翌朝は引っ込んでい る)、これはふつうのことですか?
 字数間違いで書きなおした原稿の締切がひとつ。

日
1月15日
日曜日

 牛すじをさがして町をうろつく。肉屋三軒、スーパーマーケット三軒いくも、牛すじはない。少し前はよく見た気がするんだけれどなあ。これだけまわると、町をほぼ一周。新しいケーキ屋、さがしていた古いおでん屋などを偶然見つける。
 牛すじで何が作りたかったかというと牛すじ大根。でも見つからなかったので鮭のみそ漬けにした。

日
1月16日
月曜日

 なんだか毎日走っているなー。走って富士蕎麦にいき特製富士蕎麦を走るように食べ、店から走り出て銀行に走り、駅へと走る。

日
1月17日
火曜日

 記憶力の取材を受ける。小説に記憶は必要か? という質問があった。いろいろな作家の人の小説を読んでいたり、会って話をしていたりすると、ものを書く 人間の記憶がやけに偏っていると思うことが多い。ひとりへんなところを、魚眼レンズのような目で見ているような子どもだったのでは……と思わせる人が、多 いのだ。とすると、もの書きに必要なのは記憶というよりも、目線、ということになるのかもしれない。ところで私は視力も記憶力も悪い。こうして毎日のこと を書きつけておけば、一年の終わりに少しは思い出せるだろうか。

日
1月18日
水曜日

 二日酔いのとき食べたくなるものベスト3。1、ラーメン、2、カレー(激辛)、3、とんかつ。おげー、と思う人もいるだろうが、わかるわかるという人も いるはずだ。どうも胃の気持ち悪さを油で中和したくなるようだ。中和できるのかはさておき。それで今日のお昼はラーメンを食べました。
 私の仕事場があるのはラーメン激戦区。レベルがたいへんに高い。自宅がある町は、ラーメン屋はあるもののたいへんにレベルが低い。そしてカレー屋が多い。
 話は変わるが、私んちの隣は鶏系の総菜屋で、窓を開け放っておくと、部屋じゅうがこうばしーい鶏のグリルのにおいになる。肉好きな私にはたいへんありがたいことだが、菜食の人などはつらかろうと思う。
 これから広島いってきます。締め切りみっつ。

日
1月20日
金曜日

 広島にいってきた。小学校で授業をするという、朝日新聞の企画。
 昨日、羽田空港に向かう行きの電車で、授業に必要なもの以外のすべてを忘れてきたことに気がついた。すなわち、下着、ブラシ、クレンジング、洗顔石鹸、基礎化粧品(ローションや乳液)。こういうの、忘れものっていえないよねえ、たくさんすぎて。
 自分に失望しつつ、広島ですべて調達した。
 ずっと前、モルジブでも同じようなことがあった。私が持っていったのは水着と下着と二種類の服のみで、ブラシは土産物屋でものすごいデザインの(南国の 鳥のかたちの馬鹿でかい)ブラシを買い、洗顔は部屋にあったちっこい石鹸で代用し、ビーサンも忘れたのでどこへでも裸足でいき、三日目くらいに同行した友 人から「くさい」と言われ無理矢理Tシャツを借りさせられた。
 これもまた、忘れものとは言えなかろう。持っていないものが多すぎて。
 私は「ずぼらホテル」を夢に見る。手ぶらでついても、部屋にぜーんぶある。替えの服もブラシも乳液も化粧道具も、爪切りも耳掻きも二日酔いの薬もぜーん ぶある、ずぼらホテル。あ、でも、ところによってはラブホテルって、だいぶずぼらホテルに近いかもしれないなあ。荷物持たずにいくのが前提だからか? 締 め切りひとつ。

日
1月23日
月曜日

 ハンバーグ食べよう、と思って肉系の店に赴き、メニュウを広げたとたんステーキも食べたいような気がして、ここは初心を通してハンバーグか、衝動のまま にステーキか、ハンステハンステ、と、人生の岐路に立たされたかのように深く悩むことはないだろうか。ほんの数秒か数分だが、このときの、身を絞るような 真剣さったらないね。私はそういうことがよくあるので、その数秒の、よくといだ刃の切っ先のような真剣さを集めて、何かべつのエネルギーとして使えないか と考えたりする。もちろん使えるわけがない。

日
1月24日
火曜日

 昼飯を食べにいく道すがら、撮影中の佐内さんにばったり出くわす。佐内さんは特殊オーラが出ているのですぐわかる。「いやーん」と驚きの声をあげあい、別れる。
 夕方は出版社で対談。
 すごく昔、分野の違う本を書いている人と対談をしたことがあるのだが、それは本当にひどい内容で、相手の人が私の本を無意味にけなしまくる九十分だっ た。書いてあるものをけなして、エッセイに出てくる実在の人物をけなして、けなすため珍妙な分析をしてみせて、あげく私の出身校をけなして、なんというか ちょっと首を傾げたくなるような異常さでけなして、最後はさすがにその異常さに気分が悪くなり途中退席したのだった。だって、面と向かって理不尽な罵詈雑 言を浴びせられるって、そうそうないよ。高校生のとき、三者面談で素行が悪いと延々言われたことがあるけれど、それだって十五分くらいだったし。
 もちろんその対談は不掲載(出版社も、不掲載にするくらいなら途中で止めてくれよ、とマジで思った)。以来、ちょっとした対談恐怖症に陥った。
 去年、対談の仕事がかつてないほど多く、恐怖症なんてやってる場合じゃないよ、と気持ちを奮い起こして出かけるようになった。そしたらねえ、恐怖のけな し男みたいな人は、本当にひとりもいないのだ。もうどんな仕事の人もどんなに有名な人も、私のことなんかこれっぽっちも知らない人も、もう本当にだれであ れ自分の仕事をきちんとしている人は、話がおもしろいわ深いわ気遣いの達人だわで、そのことに感動するくらいだ。恐怖のけなし男は対談に慣れていなかった のか、職業上の鬱憤がたまっていたのか、単純にどっかいかれた人だったのか、そのどれかだったんだろう。
 とはいえ、どんな対談も恐怖とはべつの意味でほぼ百パーセント緊張するのだが、ときどき書いているだけではぜったいに思いつかないようなことを思いつい たり、本を読んでいるだけでは知りようのないことを知ることができたり、何か対談というかたちでしか得られないものがたしかにあるな、と最近思うように なった。それで、緊張をなんとかおさえこんで出向く。今日の対談も言葉を失うくらいすばらしい話を聞くことができた。道に迷っているときに、東に輝く星を 見つけたような気分。対談の相手は沢木耕太郎さんで、これはえーと、2月発売号の小説現代という雑誌に載ります。締め切りみっつ。

日
1月26日
木曜日

 朝、駅にいったら電車が大幅に遅れている。のろのろと電車はきたが、ホームに人があふれかえっていて乗れない。やむなく駅を出てバスに乗る。はじめての バス通勤。空いていて、よかった。子どものころからバス通学だったので、バスに乗ると条件反射的に気分が落ち着く。
 昼から出版社にこもって取材。昼は、その会社の社食を食べる。私は学食、社食の類がだーいすきなので、幸せだった。取材の合間、重松清さんと対談。またしてもひどく勉強になる。対談でしかわからないことが、本当にあるとまた実感。重松親分に深く感謝。
 六時まで取材を受け、そのあと出版社の人とごはん。早めに帰った。締め切りひとつ。

日
1月29日
日曜日

 半年前の人間ドッグで視力がだいぶ落ちていた。両目0.5だったのが、右0.2、左0.5だったのだ。とはいえ、生活していると、見慣れたものばかり見 ているから、視力で見るよりも記憶で見ることが多く、あまり不自由は感じていない。いちばん困るのは駅の待ち合わせとか、あとは映画の字幕とか。
 今持っている眼鏡が、両方0.5仕様なので、そろそろ新しいものをつくろう、と眼鏡屋にいく。人生二度目の眼鏡屋なのでよくわからないのだが、チェーンの眼鏡屋らしく、価格がものすごく安い。フレームを選んでレジにいくと、そのまま検査をさせられる。
 検査フロアにいくと人があふれかえっている。二十分待ち、と聞いて待ったのだが、三十分は待っただろうか。名前を呼ばれ検査をすると、
 「両目0.8です」とのこと。
 ぎえー。目、いいじゃん。眼鏡いらないじゃん。「えっ、そんなはずはないですよ」と、一応反抗(?)してみたが、しかし、たしかに0.8あたりのボードの文字が、全部ではないが読める。
 そんなに目がよくなっているのなら眼鏡いりません……といえず、結局眼鏡を作った。
 だて眼鏡をかけるという行為が苦手で(だて眼鏡の人は好きだ、自分がそうするのがきらいというだけ)、そんな軟派なことはすまいと思って生きてきたの に、0.8の眼鏡なんて、ほとんどだて眼鏡だよな。と思いつつ、悔しいので、一日眼鏡をかけて過ごす。鼻が低いのですぐずり落ちるところが、また憎い。

日
1月30日
月曜日

 髪の毛がのび放題にのび、天然パーマのせいで、気がつくと頭髪が漫画の爆発後みたいになっている。ズボ100の私によくある失敗は、前髪だけぴしーとし ていて、うしろ頭が漫画の爆発後になっている、というもの。天然パーマの人はきっと「わかるわかるわかる」と、私の手を強く握ってくれるのではなかろう か。
 爆発後で日々を送っているのが何かいたたまれない気持ちになって、美容院にいき、十年ぶりくらいにパーマをかけた。できあがった髪型を見て、似合う、と か、似合わない、とかではなくて、「こりゃー朝が楽そうだ」と思うのは、はたと我に返ってみれば、たいへんかなしいことである。

日
1月31日
火曜日

 パーマ頭、たしかに朝が、感動にむせび泣きそうになるほど楽である。
 そういえば、私は天然パーマのせいか、パーマを一回かけると八カ月くらいもつ。たまにそういうおかん、いるよな。
 昼過ぎに取材一件、夜は友人の出ているお芝居を見にいく。締め切りいつつ。

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