アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2006年2月1日〜2月24日

日
2月1日
水曜日

 えっ、もう2月。このまえ年末だったのに……と、三十歳以上の人の大半が思っていることであろう。
 ところで、私は日々ほとんど人に会わず、会うのは決まりきった人ばかりで、決まりきった人と何を話すかというと仕事のことや仕事まわりのことばかりなの で、ときたま、自分は精神的鎖国状態である、と気づく。たとえばあるバンドが好きだったとする。しかし、そのバンドがニューアルバムを出したという情報は 入ってこない。そんで、ずっと昔のアルバムを聴き続け、「新しいのでないかなー」と思ったりしている。バンドのアルバムにかぎらず、情報量が極端に少な い。
 2日前、とても尊敬する大人Tさんから、「今日の夜BSにキヨシローがでます」とメールをもらい、あわてて見た。メンフィスを訪ねオーティスの足跡を追 うという番組だった。これがとてもすばらしい内容だった。最後に清志郎がオーティスに捧げる歌を作って歌うんだけれど、泣いちまった。
 昨日は、友人から芝居の案内をもらい、それを見にいった。これもまた、本当にすばらしかった。あー見てよかった、と思った。
 このように、ごくまれに精神的鎖国にも黒船が来航し情報をもたらしてくれることがあるので、なんとかぐれずに日を過ごしているんだなあ。
 最近人に会うと、どこそこの駅でかくちゃんを見た、見た、と言われるんだけれど、それはおそらく読売新聞の連載小説の宣伝広告で、ドナルド・キーンさん と写っているものだと思うんだけれど、私は未だ一度も見たことがない。見たいか、といわれれば、あまり見たいものでもないのだが。

日
2月2日
木曜日

 ほんのすこーし余裕ができたので、七時四分の電車に乗っていたのを、四十分ほど遅らせてもだいじょうぶになった。うれしい。七時半〜五時半って働きすぎだよ。今はなんとか、八時〜五時半になった。
 節分に太巻きを食べるのっていったいどこの習慣だろう? 最近しっかり根づいているが、私が子どものころは、そんなことはなかった(関東出身)。とはい え、私んちの近隣における節分も今思えば珍妙だった。年の数だけ豆を食べる(これはみなさんそうですね)。翌朝、年の数だけ豆を和紙に包み、川にいく。和 紙の包みで額をさすって、それを川に投げて帰るのだが、このとき、絶対にふりかえってはいけない……ってロトか、塩柱になんのか、と今は思うが、そうして いた。このような奇習を律儀に守っていた私が、横浜出身だといってもあまり信じてもらえない。

日
2月3日
金曜日

 節分。
 今週、十五人くらいの人にあったが、だれひとりとして、私の言ってほしいことを言ってくれなかったので、落胆していたのだが、今日やっと、やーーーーーっと、打ち合わせであったM社のKさんが言ってくれた。
 あれ、パーマかけました?
 そう! この一言を、私はずっとずっとものほしげに待っていたのだ。
 ううう、パーマかけたんです、あの、それも十年ぶりくらいに……。ありがとうKさん。
 夜は、地元で地域の飲み会。この「地域の飲み会」は、近隣に住む作家、編集者などと集まり酒を飲むという会で、気がつけばもう十年ほど続いている。この 十年のあいだに、恋愛して結婚して子どもをもった人もいれば、豪邸を建てた人もいれば、家を二軒買った人もいれば、職場の変わった人もいれば、私の昔の知 り合いと偶然結婚した人もいる。会に一度きてくれてそののち亡くなってしまった作家もいる。
 みんな平等に十ずつ年を重ねているわけだが、集まるとなんにも変わっていなくて、つまりそれは結婚も豪邸も職場もなんにもその人を根本的には変化させな いということで、たくましいなあ、と思う。細々とだが昔から続いている会なので、なんだか、ふるさとに帰ったような心持ちになる。
 この日、会の識者Sさんから「鳥住まぬ里の蝙蝠」という表現を習い、みんなで練習した。鯖寿司と白子雑炊がおいしかった。ひさしぶりの痛飲。

日
2月4日
土曜日

 DVDレコーダーというものが、どんなに便利か、ある編集者に聞いたので、それを買いにヨドバシカメラにいく。デザインのかっこいいものを買おうとした ら、お店の人が、あれこれと説明をしてくれて、その説明は私には何ひとつとしてわからなかったのだが、かんたんにいえば、「買わないほうがいい」というこ とのようだった(えーとそれは、たぶん、地域限定のケーブルテレビに入っていて、そのケーブルテレビを通してテレビを見ている状態だから←じつはよくわ かってないのだが)。
 なので買えなかった。うさばらしにパソコンを見た。
 知ってた? 今のパソコンってすごいんだから(しかし何がすごいのかはうまく説明できない)。
 この一年ほどで気づいたのだが、私は異様な家電製品好きである。コンピュータも冷蔵庫も新しいの見るとほしくなる。だからヨドバシカメラって混んでいるけれどわりと好きだ。

日
2月6日
月曜日

 特筆すべきことがないので、私の愛する豚肉について書きます。
 豚肉には、イベリコ豚、東京X、鹿児島黒豚、三元豚、ローズポーク、アップルポーク、など、多々あって、淡泊なものが濃厚なものまでグラデーションがつ いている。肉派、脂派の私にはもちろん濃厚なものが好ましいが、イベリコ豚ほど濃厚になると、ちょっとやりすぎでは……とも思うのである。
 私が今もっとも愛している豚肉は、サイボクポークというもので、サイボクというのは、埼玉牧場の略なんだそうだ。先日取材でお会いしたB社のデザイナーさんがやはり肉派のおじょうさんで、サイボクポークを知っていたので、たいへんにもりあがった。
 サイボクポークの何がいいかってえと、まず値段の安さ。ノーブランドの豚肉とほとんど変わらない値段なのに、呆気にとられるくらい味が違う。脂が甘くや わらかく、豚肉特有の「ほわん」とした味が煮ても焼いてもきちんと残ってすばらしい。B社のおじょうさんによると、埼玉にある埼玉牧場はテーマパークのよ うになっていて、温泉があったり、でっかい肉スーパーがあったり、バーベキューコーナーがあったり、するらしい。魅惑の肉ランド。いつかいってみたいな あ。
 ちなみにサイボクポークは、埼玉牧場だけで売っているのではなくて、伊勢丹のスーパーに入っている。
 と、豚について書いていたら、豚恋しくなったので、今日は豚しゃぶに決定。締め切りひとつ。

日
2月7日
火曜日

 昼過ぎに打ち合わせ一件。一時半にエレベーターが点検でとまってしまい、約束がまさに一時半だったので、「どうか間に合って〜」と祈るような気持ちで待っていたところ、点検の数分前に到着されたのでよかった。
 夜は粕漬けの鮭と大根みそ汁。ほうれん草の卵落としに妙な野菜料理。
 最近、妙な野菜料理を思いつきで作っては軒並み失敗。二日前もひどかったが昨日もひどかった。この「失敗」というのは、野菜に対する愛情が足りない証拠である。肉なんてどんな突飛な思いつきでもおいしくなるもん。

日
2月8日
水曜日

 午後はずっとS社で取材。のち、移動して築地へ。お弁当の出る会議。お弁当の蓋を開けたら鰻だった。「やったー」と、これも心のなかで言う。でも何か、妙に量が多かった。
 つい最近、開高健の「最後の晩餐」を読んでいたら、十二時間フルコースを食べ続ける、という章があって、その内容もすごいのだが、ここに、野口武彦さ ん、という人が出てくる。それで、二週間に一度あるお弁当つきの会議の席にも、野口武彦さん、という人がいる。
 席が隣になったので、「あのー、野口さんは、開高健の本に出てくる野口武彦さんと同一人物でしょうか」と思い切って訊いてみたところ、そうなのだった。 すごい。とうに亡くなった、大好きな作家の本に出てくる人を生で見ると、なんだか、シンデレラとか白雪姫とか、実物で見たような気になる。いやー、そうな のか、知らなかった。この野口さんも、開高健とともに十二時間フルコースを体験なさっている。「あれはすさまじかったですねえ」とのこと。
 のち、野口さん、まじまじと私を見て、「あのー、あなたのその、洗いっぱなしのような髪は、わざとなんですよねえ」と、たいへん不安そうにお訊きにな る。私は激しい動揺をぐっとこらえ「ええ、わざとなんです」と、笑って答えた。そうか、洗いっぱなしに見えるのか……。
 会議後、九時に新宿に移動して、初対面の人を交え三人で飲む。すこぶる盛り上がり、時間の感覚が飛ぶ。その飲み屋に椎名誠さんがいた。面識がないので「あっ、シーナマコト」と心のなかでそっと思っただけである。締め切りひとつ、ポカひとつ。

日
2月9日
木曜日

 寝坊。ずっと仕事。夜は新宿で出版社の人とごはん。指定されたところがだーい好きな店だったのでうれしかった。三人でワインを二本飲んだがあまり酔わな かった。帰り道、知り合いの記者Uさんから、携帯にメッセージが入っていることに気づく。聞くと、私のだーい好きな人とたまたま飲んでいて私の話になった ので電話してみた、と言う。続いて、だーい好きなその人からもメッセージが。こうなったら方向転換でどこへでもいきまっせ、という気持ちでかけなおすと、 「十五分前に会は終わったばかり」とのこと。がひーん。おとなしく帰る。

日
2月12日
日曜日

 今家にいる三羽の鳥は、一昨年、母が入院したときに預かった母の鳥で、名前もよくわからず、まったく慣れていなかったのを、新たに名づけ、なんとか慣ら してきた(それでも慣れない鳥もいるが)。この鳥のうち一羽が、もともと体の強い鳥ではなかったんだけれど、昨日、とまり木から落ちて、ずっと下にうずく まっている。寿命も近いし、体も弱っているから、もういのちの最後のほうなんだろうと思う。もっとがんばって生きれ、と言うのもつらく、眠りたかったら ゆっくり眠りな、と話しかけているんだけれど、突然餌を食べはじめたり、とまり木によじのぼったり、奇妙な回復ぶりを見せている。でもしばらくすると落ち ちゃうんだけれどね。
 いのちの最後というのは、見ているものには本当につらいな。外出をやめて家でごはん。

日
2月13日
月曜日

 午前中取材一件。鳥が心配で仕事がうまく進まない。
 午後になって、同居人から連絡。電車に飛び乗って家に帰り、いのちの最後を尽くした鳥に会う。もう言葉がない。箱に寝かせてお花をたくさんいれる。鳥な のになんだかおばあちゃんみたいに見える。人も鳥もおんなじだなあと思う。元気な鳥二羽が、何がなんだかわからんという表情で亡き鳥を見る。さよならさよ なら。もし向こうで元飼い主の母親にあったらどうかよろしく伝えてくれ。心配すんなって言ってくれ。ものすごいみごとな満月。

日
2月15日
水曜日

 今日はあたたかくて春みたい。寒いのにはもう飽きたからうれしい。
 昼、Tっち(美人)が近所にきてくれたので、いっしょにドリアを食べる。帰りに仕事場によってもらいお茶をする。なごむ。Tっちは女なのに体脂肪が16パーセントしかない。私のを少し、わけてあげたいといつも思う。
 夜、高円寺で打ち合わせのあと、清志郎の会。ガード下の飲み屋で、五人で飲む。この会のTさんとMさんは実際忌野清志郎さんといっしょにお仕事をされて いる方で、Oさんはテレビ局の人、今日が初対面のLさんは芸能関係の人。みなそろって忌野清志郎を愛しているので清志郎の会なのである。ただ酒を飲むだけ なのだが、すごいよ。なにがすごいかってえと五時間くらい飲んでいるあいだの会話九割が清志郎(残りの一割がJBとか永ちゃんとかストーンズ)。私も含め みな十代のころに清志郎を見てぶっ飛んでしまい、ずっと愛し続けている人たちなのだ(ずっと、といえど、私が二十年で最短。最長はそれこそ三十年以上)。 文芸関係の人たちと話していても九割小説の話ってのはないもんね。なんつーか愛がすごいよね。
 この飲み屋には当たりくじ制度があった。割り箸のなかに赤い印がついたものがあって、それを引き当てると次の飲みものがタダになるのだ。Tさんは、店員 の人が見せてくれる赤い印の割り箸を見ていて、位置を変えてもちゃんと覚えていて、ぴたりと当てた。動体視力がすぐれているのにちがいない。きっと蠅も箸 でぴっとつかまえられる。

日
2月16日
木曜日

 男女を問わず、恋愛感情とはもちろん無縁のところで、何かみょーうに心くすぐられる人の外見というのはないでしょうか。私は、男の人で、体も顔も四角く て、だからなんだかツードアの冷蔵庫のようで、それでいて眼鏡をかけている人が好きだ。初対面の人でも、ツードア冷蔵庫眼鏡系の人は全面的に信用してしま う。この「四角い」というのはなかなかむずかしくて、いそうでいない。女の人は湯葉みたいな外見の人が好き。自分が脂性だからでしょうか。
 ところで、特筆すべきことがない、ということは、八時から食事休憩をのぞき、地味に地味にひたすら小説を書いているだけ、ということです。締め切りみっつ。

日
2月17日
金曜日

 梶井基次郎の誕生日。
 午後打ち合わせ(顔合わせ?)一件。その後歌舞伎町にいって、職場のかわったMさんと炉端焼き。仕事の話をそうそうに切り上げて、今まで食べたもっとも 辛いものについて話す。私のなかのいちばんは、原宿にある中華料理屋の麻婆豆腐。これは見た目がすさまじいが味もすごい。でも、辛くてもきちんとおいしい のだ。全部食べるとお店の人が「よく食べられたねえ!」と褒めてくれる。Mさんの辛いもの話は、あまりたいしたことなかった。きっとMさんはさほど辛いも のが食べられないのだろうと想像する。辛いものの話は、なんとなく「どこまで耐えられるか」というような勝敗じみた感じになるのはなんででしょうね。私は あの、そうとう、そうとーう辛いものでもだいじょうぶです。これはちょっと恥ずかしいことですが(激辛好きって、なんかね……)。
 炉端焼きの途中で、なぜか頭がふらふらしだしたので、二軒目にいかずそのまま帰る。締め切りふたつ。

日
2月20日
月曜日

 雨。寒い。午前中取材一件、午後打ち合わせ一件。
 土曜日がぽかぽかとあたたかかったので、寒いのに飽き飽きしていた私は、「これはもう春の訪れと決める」とたいへん尊大な結論を出し、冬物衣料を大幅にクリーニング屋に持っていってしまった。阿呆だった。まだ冬だね。
 某社の昔からの知り合いの編集者から、とある単行本が絶版になりますというお知らせをいただく。絶版になりますと教えてもらったのははじめて。かなしい けれどありがたいことである。その編集者にしたってそんな連絡はしたくないだろうに、知らずに絶版になるよりはと連絡してくれたのである。というわけで、 絶版リストにまた一冊が加わったのであった。ポカひとつ、締め切りひとつ。

日
2月21日
火曜日

 午後三時、へんなふうにパソコンをいじってしまい、無線LANが作動しなくなる。こりゃあ困った、とサポートセンターに電話をかけたところ、たまたま電 話に出た人が、たいへん親切に、「ここをこうして、ああして、それをクリックして、それから……」と、修復作業を電話で指示してくれた。その通りやってみ るが、修復できない。気がつけば電話の子機を片手に三時間が過ぎようとしている。相手の人も、ずいぶん迷惑な話だろうが、忍耐強く幾度も修復にトライをす る。だんだん泣きたくなってきた。
 結局、四時間近く修復を試みていたのだが、ついになおらなかった。サポートセンターの遠藤さんというかた、本当にありがとうございました。こんな、しゃべる猿のように機械音痴の相手をしてくださって。頭が下がります。
 気がつけば七時。私にしたら、大、大、大、大残業。
 夜、コンビニエンスストアに寄ったらくじをやっていた。私の前の人が板チョコをもらっていたので、私ももらえるんだろうと思ってくじを引く。お店の人が 何か言い、聞き取れなかったので、ぼうっとチョコを待っていたら、「すみません、それただの応募券です。本当にすみません」と今度ははっきりと言われた。 Tさんだったら当てたかな、と思う。動体視力は関係ないから無理かしらん。

日
2月22日
水曜日

 午後打ち合わせ一件、夜、お弁当の出る会議。が、お弁当は食べずに市ヶ谷に移動。
 このブルームブックスのホームページで、以前連載していたものが本になったので、その打ち上げの羊会。えーと羊を食らう会。女性五人で羊まみれ。女ばか りなので異様に話が盛り上がる。炭も私たちのところだけぼうぼう燃える。それはもういろんな話が出たのだが、終会後、私の記憶に残っていたことは「下着は ペアで買うべし」ということのみである。上と下とばらばらではいかんのである。大いに反省した。

日
2月23日
木曜日

 午前中打ち合わせ。終了後、階下に下りると作家のHさんにばったり会う。Hさんは私の一階下に仕事場を持っている。ジムもいっしょ。「こないださージム でカクタさんを見たけどさー、すごい顔で腹筋してたから、なんか悪くて声かけなかった」とのこと。すごい顔だったのか。今度から、すずやかな顔で腹筋しよ う。締め切りふたつ、ポカまたひとつ。

日
2月24日
金曜日

 来週いっぱい、留守にするので、月末の締め切りをぜーんぶ終わらせる。せいせいしようと思うが、しかしすでに三月の締め切りが迫ってくるので、あまりせ いせいできない。とくにこわいのは新聞(読売夕刊で連載をしています)。新聞、噂には聞いていたけれどまじでこわいんす。だって、書いても書いても足りな くなるんだもの。日にちはものすごく早く過ぎるしさ。自転車操業って言葉がぴったりであることよ。
 午後、井の頭公園で取材一件。そののち、知人の写真展を見にいく。締め切りいつつ。

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