アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2006年3月3日〜3月31日

日
3月3日
金曜日

 お雛祭り。お雛祭りは毎年ちらし寿司を作るのだが、今年からしばらく、毎年この日に用事ができて家ごはんは無理になった。ちらし寿司は明日にしようか な。五目ちらしも好きだが、鰻と海老の入ったちらし寿司もなかなかおいしいざんすよ。色合いが女の子っぽくてね。
 昨日まで短い旅行(仕事)にいってきた。毎回思うが私には時差ボケというものがない。十時間近く時差があっても平気で眠れる。昨日までいっていたところ は時差がたったの一時間だったから、なおのこと通常通り。通勤電車に乗ったら、旅行にいっていたことが嘘のように通常モードになってしまった。しかし、旅 した場所の本屋で、翻訳された自分の本をめっけるというのは、ほんとーうにうれしいことですなあ。正確には、めっけたのではなくて、同行者が買ってきてく れたんだけど。締め切りふたつ。

日
3月5日
日曜日

 塩鮭に、甘口、とか、中辛、とか、あるのをご存じですか。私は北国育ちではないんだけれども、育った家になんかしょっぱい食べものが多かったので、昨今 の薄味&甘甘には忸怩たるものを感じている。梅干しも甘いし、漬けものも甘いし、塩鮭もふつうのを買うと辛くない。それで、件の鮭に、「激辛」というのが あると気づき、激辛を買ってみた。値段的には、この激辛がなぜかいちばん高い。
 そうしたら、卒倒しそうに辛い(しょっぱい)鮭だった。まあ、激辛って書いてあるんだからさもありなんだけれども、いやあすさまじかった。あの味を思い出すだけでごはん一膳食べられるよ。

日
3月6日
月曜日

 今日はたしか、デザイナー池田進吾さんの誕生日だ。進吾さんおめでとう。

日
3月7日
火曜日

 すごい。朝の七時半から、夕方五時半まで、電話なし取材なし打ち合わせなし宅配便なし、で、ずーーーーーーっと仕事ができた。やっぱ時間はかたまりであ るとありがたい。よく、「三十分だけでいい」と打ち合わせを依頼してくれる人がいるが、そうしてその「三十分だけ」という気持ちはとてもありがたいのだ が、たとえば午後一時から午後一時半まで三十分抜けてしまうと、前後一時間半ずつくらい、ちょっとなんていうか、揺らぐ。それで三十分の打ち合わせでも結 局三時間半使ったことになる。真ん中三時間半抜けてしまうと、同じことを同じように書き続けるのはちっとむずかしい。
 時間のかたまりはほんとありがたい。豚肉もかたまりで買うといいけどね。

日
3月8日
水曜日

 誕生日!三十九歳!サンキューサンキュー。去年はサンバだったなあ。何歳になっても誕生日はとくべつでうれしい日。
 午後から対談。帰りに肉を買い、帰って食す。亀田戦を見ながらもらったワインをがぶ飲みする。夜中に目覚め、朝だと思い、今日が何日かわからなくなる。なんだまだ平日なの!と思って寝たことは覚えている。

日
3月9日
木曜日

 うひゃー、もうぜんぜん間に合わないじゃん!もうだめじゃんよう!と、この先二週間くらいのスケジュールを見て焦る。
 しかしながら、まったく同じ「もうだめじゃん、間に合わないじゃん」を、よくよく考えてみると二年ほど前から毎月、思っている。毎月思っているが、なぜ か、たいした問題にならずに日が過ぎているというのは、結果的に間に合っているからなのだろうか。けれど自分がどんなふうに間に合わせたのか、だめではな いようにしたのか、さーっぱり記憶にないから、今のこの、どうしようもない状況が、どうしたらどうにかなるのか、わからない。
 夜半、爆笑して目覚める。爆笑した原因を思い返すが、目覚めて考えればさしておもしろいことでもなかった。

日
3月10日
金曜日

 午前中、あまりかみ合っていないような取材一件。夜、人を招いてすき焼き。すき焼きは、人によって作り方が異なり、遊びにきた友人のひとりが、ごぼうをたくさん入れていたんだけれど、これがおいしかった。例によって、途中からほとんど記憶がない。
 酒を飲み過ぎて記憶がなくなる、ということにおいて、私には二パターンある。ひとつは、初対面の人、見知らぬ人、あまり話の合わぬ人との席で、緊張のあ まり飲み過ぎ、記憶がなくなる。もうひとつは、あまりに楽しすぎて、どのくらい飲んだかもわからないくらい飲み、記憶がなくなる。本日はもちろん後者であ る。

日
3月12日
日曜日

 お雛祭りのちらし寿司を今ごろ作る。椎茸とレンコンの入った蟹ちらし。蛤の吸いもの、菜の花のおひたし。春ですなあ。ちらし寿司は、「えー、これじゃ甘いんじゃないのおー」と不安になるほど甘めの寿司酢を作ると、案外うまくいく。

日
3月13日
月曜日

 昼、親子丼を食べたら不安になるほど甘かった。
 東京駅近くのインド料理屋で酒会。楽しかった。遅くまで飲み過ぎた。締め切りひとつ。

日
3月14日
火曜日

 子どものころから不思議に思っていることがある。たとえば、五人とか六人とかで、何食べようかという話になって、なんとなく話が決まらないとき、全員、 グループ内のひとりを見て「あなたは何がいい?」と訊き、その人の意見がすんなり通る、ということがある。
 私はなぜか、本当になぜか、子どものころから、全員に見られ意見を求められることが多いのである。町を歩いていて食事時になり「何を食べる?」とみな私 に訊く。宴会をしていて宅配ピザを頼むとき「具は何がいいか決めて」とみな私に訊く。居酒屋でビールのあとに酒を注文する際「何にする?」とみな私に訊 く。中華料理屋でしめの炭水化物をとろうというとき「五目と蟹とあんかけと、どれ?」とみな私に訊く。
 とくべつ好き嫌いもないし、強い意見も持っていないし、たいていの場合心の底からなんでもよくて、だれか決めてくれればそれがいちばん楽だなあ、と私は 思っているのだが、なぜか、「……私はアンチョビなどがいいと思う……」などと発言するはめになる。どのような集まりであっても集う人のなかでいちばん意 見がなさそうな人間であるのに。
 なんで?
 ジムにいったら階段で同学年作家Fさんにばったりと会う。運動後のFさんは何やら妙にかっこよかった。運動後の女の人は美しくないが運動後の男の人は かっこいいんですね。なのでどぎまぎしながら「のみましょうよー、いつ、いつ、いつひまになる?」としつこく言ってしまった。Fさん、もんのすごーく忙し い、と言っていたのに。目も真っ赤っかだったのに。
 締め切りみっつ。

日
3月15日
水曜日

 昨夜、録画しておいた追悼番組「寺内貫太郎一家」を軽い気持ちで見はじめたら、ぐわーと集中して、すごい勢いで見てしまった。
 この寺内貫太郎一家、小学生のころ夢中で見ていた。すんごーく好きだった。その後のムーのほうがもっと好きだったけれど。今見てちょっとびっくりしたの は、おかあさんと娘が食卓でかなり騒々しかったこと。おばあちゃんと息子とお手伝いさん以外、しーんと食事をしていたと覚えていたんだけれど。きっと子ど ものころの私には貫太郎はこわすぎたんだろう。今見ると、そうでもないよね。
 昔のドラマを見て思うのは、感情がシンプルだなあ、ということ。これだけシンプルだから、大人も子どももいっしょに見たんだろうなあ。私はここ十五年ほ ど、ドラマにはまれていないんだけれど、それはおそらく、登場人物の感情がやけに複雑になったからだと思った。少し前に「見よう」と思って見ていたドラマ は、人物の気持ちが複雑な上、つぶやくようなせりふが聞き取れず(ばあさんか、と思うけど)、それで最後まで見られなかった。
 そんで、昔のドラマは、作り手の真剣さがものすごいね、と思った。画面には登場しない人たちの、ものすごい真剣さ(おちゃらけも含めての)が、痛いほど 伝わってくる。今の作り手も真剣なんだろうけれど、それは外に向いている真剣さで、昔のドラマの真剣さは内側に向いている。作り手の意識が内側から外側に 向かうころ、私はちょうどドラマから離れてしまったような気がした。
 午後からうち合わせ一件、会議一件。締め切りふたつ。

日
3月16日
木曜日

 朝七時過ぎに家を出て、東横線。今日は母校の小学校の卒業式にいくのである。自分のではない卒業式なんて、はじめて。
 去年、あるテレビの企画で、六年一組の生徒といっしょに二日間すごした。このときのカメラの人も、一組の担当の先生も、なんと小学校の同級生という奇遇 さだった。その六年生たちが卒業するというので、担任(元同級生)のO先生が招いてくれたのである。
 受付で式次第のパンフレットをもらいチャペルにいき、はじまるのをじっと待つ。やがて在校生が着席し、六年生の入場となる。みんな制服をぴしっと着て、 胸に欄の花を飾っている。ベートーベンの音楽に合わせ、ゆっくりと、一歩ずつ入ってくる。
 たった二日授業をしただけなのに、まじめな顔で入場してくる生徒たちを見ていたら、「あっ、こういう作文を書いた子だ、こういう絵を描いた子だ、ドッヂ ボールがうまかった子だ」と、ひとりひとりのことを色濃く思い出す。卒業証書が渡されるとき、ひとりずつ壇上に上がる彼らを見ていたら、なんというか妙に 感動して涙が出てきた。親御さんなんか、もっと感無量だろうなあ。
 一年生が、集中が持たずもぞもぞしだし、だんだん大胆に遊びはじめるのがおもしろかった。あんなにちっこい子どもが、六年生になって卒業するんだもんな あ。六年前の私と今の私って、そんなに成長していないわけだから、子どものころの六年というのはすさまじい。一年生は、歌のときになると、立ちあがり退屈 をまぎらわすためか、ものすごい勢いで声をはりあげてうたう。そういえばよく歌をうたう学校だったなあ、と思い出した。
 卒業式のあと、小学校の図書室で取材一件。小、中学時代の読書について。インタビュアーはよく知っているKさんだった。取材の後、関内に移動してまた取 材だったので、ゆっくりと六年生と会う時間がなくて、本当に残念だった。みんな卒業ほんとうにおめでとう。
 関内で取材を終えて仕事場に戻ってきたら四時過ぎ。気がつけば昼ごはんぬきだった。へろへろで家に帰り着く。一刻も早くごはんを食べたいのでカレー。へろへろカレー。

日
3月17日
金曜日

 なんかの用があったような……と思いつつ、しかしだれも連絡してこないので、きっと思い過ごしだったのだろうと、半ば開きなおって一日を過ごす。結局、だ れからも連絡がこなかったので、だれとも約束はしていなかったようだ。最近、というかこの一年半ほど、記憶系統が本当に心許ない。

日
3月20日
月曜日

 大群生している白髪をなんとかせねば、と思い立ち、髪を染めにいく。うんと明るい色にしたいが(金髪とか)、もう四十歳間近なので、地味な色にした。本当は明るい色が好き。もっと年がいったらうんと明るい色にしよう(紫とか)。
 夜、銀座の中華料理店で出版社の人とごはん。仕事の話になるかな、なるかな、なるかな、とびびっていたが、あまりならなかったのでほっとする。これっ て、親とごはん食べてて、成績の話になるかな、なるかな、なるかな、とびくついていた気分と同じであることよ。早めに帰る。締め切りふたつ。

日
3月21日
火曜日

 通勤電車が空いているなーと思っていたら休日だった。カメラやさんの前で人だかりができていて、何かと思ったら店内のテレビでみんな野球を見ているの だった。キューバでは、焼いた肉ばかり食べていたことを思い出した。あとモヒート。

日
3月22日
水曜日

 夕方銀座でうち合わせ一件、その後、新橋のレストランへ。今日は隔週で行われる会議の日なのだが(お弁当つきの)、会議のメンバーが年度末で入れ替わるので、お弁当ではなくレストランでお別れ会なのだ。
 今期でメンバーをやめてしまうKさんが、開高健が好んでいっていたという、築地のフランス料理屋の地図つきカードをくれる。うれしかった。
 二次会は不思議な店にいった。船のなかみたいな狭い店。十二時に帰る。

日
3月23日
木曜日

 二日酔いで仕事をしていて、一時に取材の人がくるんだったと昼に気づく。あわててかたづける。夕方から、友人の受賞パーティ。久しぶりの人にたくさん会 えてうれしかった。三次会のあとカラオケにいって気がついたら四時だった。帰って風呂に入って外を見たら朝だった。朝の感じを見ると、いつも二十代のころ を思い出す。あのころはしょっちゅう朝を見ながら帰っていたからなあ。
 なんか最近、ダブルブッキングをしてあわてて調整する、ということをくりかえしている。記憶系統がマジでこわれかけている。

日
3月24日
金曜日

 二日酔いでまったく仕事にならず。午後、代官山でイラストレーターの松尾たいこさんと対談。その後、火鍋を食べにいく。二日酔いを越えて具合が悪い。悔し涙を飲みながら、やむなく酒を飲まずお茶で火鍋。それでもじゅうぶんおいしい火鍋。
 週に四回、外での酒席があるというのは、三十三歳くらいまで、私にはわりとふつうのことで、酒席ではセーブして飲むということができず、かっちり飲んで 帰っても平気だったのだが、もう、それができんと体が告げている。週に三度が限度だと知る。それもかっちり飲むとかなりつらいと知る。お茶しか飲んでいな いのにふらふらするので、悔し涙を飲みつつ、九時過ぎに帰る。こりゃあ絶対途中で倒れるばい、という気配が濃厚にあったので、タクシーに乗った。締め切り 三つ。

日
3月25日
土曜日

 新聞を見てびっくり。ウィラポン戦があるじゃん。私、この人、六年前からずーっと好きなのだ。どこが好きって、冷蔵庫みたいな体格と、ロボットみたいな 無表情と、勝っても負けても騒がない圧倒的静けさ。少し前までは、本当に無敵だったよね。強くて静かな男って不敵でいいよね(最近の若い人は、強いんだか ら、少し黙っててもいいと思うんだ。そう思うのは、私が昭和の女だからだろう)。ワンタン作って食べながら応援していたんだけれど、負けてしまった。う う、かなしい。もう引退してしまうかな……。

日
3月26日
日曜日

 掃除ののち、隣町に買いものにいく。本屋で同業者友人のNさんにばったり会う。その後、タワーレコードにいったら編集者のSさんにばったり会う。一日 の、こんなに短いあいだにばたばたと知り合いと会うのはめずらしいことである。Sさんがお子さんを連れていて、この子が、もんのすごおーくかわいかった。
 夜は羊を食らう。

日
3月27日
月曜日

 恒例の花見のことを、友人知人とものすごいいきおいで相談。ようやく決まる。
 花見って、いつも今年は遅いとか早いとか言うけれど、過去家計簿を見てみると、たいがい似たような日に満開になり、たいがいおんなじような日に花見の席がある。
 なぜに家計簿かというと、十二年くらいつけているが、その日だれと何を食べたか、毎日書いてあるので、ここ十二年ほどの花見の開催日が正確にわかるのだ。

日
3月28日
火曜日

 携帯電話を仕事場に忘れる。それで、番号について考えた。番号覚えが得意な人と、苦手な人といるが、私は、自宅電話、仕事場電話、携帯番号、通帳×2、 パスポートの番号を覚えている。昔は恋人の電話番号も覚えていた(これは当然ですな。携帯前人類にしてみれば)。私は覚えるのが得意な部類に入るのだろう か? それとも、ふつうの人はもっとたくさんの番号を覚えているものだろうか?
 人の誕生日を覚えるのも得意です。文芸界の林家ぺーを目指してますから。(そんなことを覚えるくらいなら、おのれのスケジュールを本気で覚えろよ、と自分で思います。)

日
3月29日
水曜日

 にくの日! 今日は肉の会(内蔵部とは異なる)があるので、午後にきっちり運動をする。
 そうして打ち合わせの後、肉の会の開催場所へ(焼き肉屋)。ここの肉が、ちょっと、この肉好きをして生涯一かと思わせるくらい、うまかった。うまかったー! うまかったようー!
 八人ほどで、ばくばくと肉を食らっていて思ったのだが、肉は人を興奮させる。みな大声を張り上げ満面の笑みで何か好き勝手に言っていて、話が通じている か否かも確認せず、わはははは、わはははは、と笑い合う。八人の真ん中にあるのが、たとえば刺身の盛り合わせだったりしたら、おそらくトーンは違うだろ う。野菜の煮物だったりしたら、もっともっと違うだろう。
 肉ののち、みな肉くさいまま移動し、飲み、私は十二時半にひとりで抜けて帰る。タクシーの人が、乗ってから下りるまでずううううっと、しゃべっていた。最後、声枯れていた。おもしろかった。

日
3月30日
木曜日

 夕方、銀座で知人の個展を見る。その後、六本木ヒルズに移動して対談。そういや、去年のある時期、自分でも不思議なくらい六本木ヒルズにきたことよの う、となつかしく妙ちきりんなビルを見上げる。今回は、五十一階まであがるエレベーター乗り場の場所を知る。やはりここは、一回につき一個のことがわかる 場所である。

日
3月31日
金曜日

 今日は開幕戦。私は野球のルールを知らないが、野球場と開幕戦が好き。巨人がセかパかわからないが、キャッチャーの阿部が好き。
 桜よ、まだ散らないで。

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