アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2006年6月1日〜6月29日

日
6月1日
木曜日

 午前中、打ち合わせ一件。あんまり暑いので、昼に冷 たい蕎麦を食べにいく。日替わりメニュウが「桜エビと野菜のかきあげの冷たい蕎麦」だったので、それを頼んだところ、器を覆うようなでかいかきあげがのっ ており、それを食べても食べても、桜エビに遭遇できない、という事態に陥った。ようやく、ちーーーこいしらすのような桜エビを見つける。
 夕方都心に移動して打ち合わせ。十五年来の担当である編集者の人とイタリア料理を食べたのだが、私たちがナイフとフォークのある店で食事をするのは十五 年間ではじめてであることに気づく。いつも、焼き肉とか焼き鳥とかだったのだ。それから近場に移動して飲む。この近場の店には、キヨシローのまねができる 店長さんがいる。もちろんまねしてもらう。目をしっかり閉じて聴く(店長、ごめん)。飲み過ぎる。締め切りひとつ。

日
6月4日
日曜日

 3日、4日と、恒例の温泉旅行。作家、画家、編集者 など11人で箱根へ(最年長72歳。最年少が39の私)。いつものことながら、ロマンスカーに乗るやいなや酒宴。宿について引き続き酒宴。重要文化財に指 定されているすばらしい宿でひたすら酒宴。蛍の部屋に案内されるも、五分も落ち着いて見ず酒宴。
 箱根につくと、箱根って好きだなあといつも思う。
 4日は11時に宿を出、早雲寺にいく。ふだんめったに観光しないグループで、このときも宿から蕎麦屋に直行したかったらしいのだが、9時に朝ごはんを食 べたばかりだったので、腹ごなしのつもりで歩くことになったみたい(らしい、とか、みたい、とか、人ごとのように言うのは、私はただ子どものようについて いくだけだから)。
 その後、蕎麦屋で日暮れまで飲みそうになったメンバーを外に連れだし、小田原まで。なぜに小田原かというと、小田原においしい魚居酒屋があるから。とはいえ、蕎麦屋→居酒屋、と直行するのも腹具合がよくないので、またもや腹ごなしをするために小田原城にいく。
 小田原城といえば、三年前、同メンバーでやっぱり箱根から小田原に魚を食べにきて、蕎麦屋から居酒屋へ向かう途中、小田原城に寄ったのだが、入り口でみ な「小田原城など見たくはない」と言いだし、小田原城の敷地内にいながら小田原城も見ず居酒屋に向かったことを思い出す。
 小田原城を見るのに三年かかっているわけだ。グループの数人が天守閣にのぼりにいき、残った数人はさっそくビールを買い求めている。その後、件の居酒屋に五時前に入り、酒宴。
 今回も、自由でゆるくて、いい旅行だった。大人って大人になったらふざけないと思っていたけれど、この旅行にくると毎回そんなこたあないらしい、と知る。70歳になっても人はめっぽうふざける。
 小田原城には象がいる。本当だよ。

日
6月5日
月曜日

 三時から取材、五時半から会議、会議終了後打ち合わせ、と、すべてB社関連で、B社に捧げるかのごとき一日だった。夜は焼き肉を食べた。ウーロンハイがぎょっとするほど濃くて、三杯飲んだだけで気づいたら酔っぱらっていた。

日
6月6日
火曜日

 午前中打ち合わせ、四時から神楽坂で対談、その後お茶の水に移動。約束まで時間が空いたので神保町の三省堂で本を見にいった。新書コーナーでだれかがじっ とねめつけているので、「ナンパか」と期待するも、「カクタさん! 何してるんすか、こんなところで」と話しかけられた。だれか、は、見知らぬ人ではなく て知り合いの編集者Mさんだった。「よかったー、へんな本買ってるところじゃなくて」と、新書の本を持ったMさんは笑っていた。へんな期待をしてすみませ ん。
 その後、焼き肉屋に移動。あれ? 焼き肉、2日連続じゃん。でもいいのだ、肉好きだから。
 とはいえ、やはりたくさん量が食べられなかった。わりと早めに解散。締め切りひとつ。

日
6月7日
水曜日

 あと一カ月で七夕ですね。
 スポーツクラブで半年ぶりに測定をしたら、見事なまでに体重・体脂肪が増えきっていた。なんでだろう、と考えるまでもなく、温泉の飲み食い、連続焼き肉がたたっているのだろうと思う。て、いうか、先月29日肉の日からすでに準備万端だったことになるよねえ。
 あまりにも体脂肪などが増えきっていたので、夜は絶対に控えよう、と決めて、お弁当つきの会議に赴く。気がついたらお弁当をぜんぶ食べきっていた。私の 場合、食べはじめ、と、食べ終わり、の真ん中に、このような思考空白状態ができることがよくある。気がつけば皿や弁当箱が空になっている。
 自宅の鳥の具合が悪い。もうずいぶんな高齢だし。死んじゃうかも、と思っただけで泣けてくる。

日
6月9日
金曜日

 午後打ち合わせ一件。もうすぐサッカーがはじまるの? はじまったの? 締め切りひとつ。

日
6月11日
日曜日

 鳥の具合が悪いので、さんざん迷った結果、獣医さんに連れていく。しかしながらこれが私のたいへんな判断ミスだった。病院で、なんと二時間も治療を受ける はめになり、終わったときには鳥はぐったりしていて、そうしてその日のうちに、亡くなってしまった。二時間も知らない人につかまれていじられてレントゲン とかもとられて、ただでさえなかった体力を消耗させてしまったんだろう。おそらく、病院にいかなくとも、あと数日の命だったとは思うんだけれど、病院でこ わい思いをさせてしまったことが、頭がどうにかなってしまうそうなくらい、悔やまれる。どうせ寿命ならば、残りの日々を少しでも楽にしてあげたいと思った のだが……。ごめんなさいと千回あやまっても足りない。さようなら。本当にごめん。ずっとずっとこの苦しい後悔を抱いているよ。母からあずかった鳥は、と うとう一羽になってしまった。

日
6月12日
月曜日

 昨日泣きすぎたせいで、目がみごとに腫れあがっている。腫れあがった目のまま雑誌の取材を受け写真撮影。その後打ち合わせ。昨日のことがあまりにもかなしく悔やまれ、「一生腫れ上がった目でいやがれ」と自分に悪態をつく。締め切りひとつ。

日
6月13日
火曜日

 先月、友だちにもらった圧力鍋で豚の角煮を作ってみる。
 この圧力鍋が、すごかった。圧力鍋=こわい、というのが私の印象だったのだが、これが、ぜんぜんこわくない。驚くほど静か。どのくらい静かというと、食 器棚にしまってあるくらい静か。冷却も早い早い。ドイツ人ってえらいなあ(ドイツ製の圧力鍋)。私はこれから圧力女王になります。
 豚の角煮は、もちろんうまかった。しかしながら、同じグラム数の豚を、生姜焼きならふつうに食べられるのに、角煮だとがつんときて満腹具合がものすごいね。

日
6月14日
水曜日

 この数日はかなしくてうじうじと寝坊ばかりして、いつも乗る電車より、十五分とか、二十分とか遅い電車に乗っていた。今日はようやく(たちなおったわけで はないのだが)、いつもどおりの時間に起きて、七時過ぎにホームに到着したのだが、電車が止まっているでやんの。サンボマスターを聴きながら止まった電車 のなかでずっと待っていたんだけれど、動かない。しかたなく、バスに変更。結局、寝坊したときと同じ時間に仕事場に着いた。
 しかし、このように毎月毎月電車が止まってしまうと、勤め人の人や学生ははなはだ迷惑だろうなあ。今日は人身事故ではなくて信号機トラブルとのこと。
 昼ごはんを食べて仕事場に戻る途中、Wくんにばったり会う。芝居の脚本を書いたそうだ。急いでそうだったので、またねえ、と手をふりあって別れる。

日
6月15日
木曜日

 昼、地元の有名チキンライス屋で、中上紀 さんと、東京新聞の方と打ち合わせをしつつ昼ごはんを食べる。秋の仕事についての話し合い。「何かすごくおいしそうなデザートが別テーブルに運ばれていっ た」と紀さんが言い、そのおいしそうなデザートを推測して注文してみる。紀さんが見たのと同じものかどうかは不明だが、おいしかった。
 午後、打ち合わせで西麻布にいく道すがら、伊勢丹によって来週の授賞式の服を買う。地味な服にした(っていうか、いつも地味だが)。お店のおねえさんが、とても美しいのに、私の本を読んでいるのだと言ってくれて、もんのすごく、照れうれしかった。
 西麻布でこれもまた秋からの仕事の打ち合わせ。気分はもう10月。もうすぐ一年の大掃除気分。
 雑誌の仕事って締め切りトリックがあって、10月号に掲載予定、となると、その雑誌は9月に出るってことで、9月に出る雑誌だから、締め切りは8月って ことになる。こう書いてみるとべつにトリックでもなんでもないのだが、私はどうしても、10月の雑誌と聞いた時点で、締め切りは10月と了解してしまい、 いつもおたおたする。16年もこの仕事しているのに、未だにこの点に引っかかる。ときには嘘をつかれたような気分にすらなる。
 ところで、打ち合わせの店の料理が、目をむいてしまうくらいなんでもかんでもおいしかった。打ち合わせの内容を忘れてしまうくらいおいしかった。みな、 食事が終わってもデザートを頼まず、ぶっ濃い食後酒を幾度もおかわりして飲んでいて、ああ、同類だなあ、と思いつつ、私もぶっ濃い食後酒をたくさん飲ん だ。締め切りふたつ。

日
6月16日
金曜日

 雨でもう頭髪がてんやわんやなので、髪を切りにい く。先日仕事で見てもらった人相見の先生に、切りすぎてデコまるだしの髪型を褒められたので(前髪をおろしているのにデコが出ているのはたいへんにいいそ うだ)、今度はわざと前髪を切りすぎてもらい、またもやデコまるだしにする。これからはデコまるだしでいきますよ。

日
6月17日
土曜日

 仕事が終わらず、休日出勤(代休なし)。夜、無性に焼き肉モードになったので、我が町でいちばんおいしい焼き肉屋にいくと予約で満席。しかたなく隣町の焼 き肉屋にいくとこれも満席。六時前なのに、である。私が無性に焼き肉気分になったように、みな焼き肉魂に火をつけられる日だったのだろう。
 そして焼き肉のおそろしいところは「焼き肉食うでー」と思ったが最後、焼き肉腹はかんたんに路線変更を許してはくれないことである。やむなく、隣町のさほどおいしくない焼き肉屋にいく。一席だけ空いていて、入れた。しかしこういう日ってあるんですね。

日
6月18日
日曜日

 先週、圧力女王になろうと決めたので、圧力鍋を用いて、牛すじカレーというものを考案した。これが、まあ、驚くほどうまくいったことよ。牛すじがとにかくすさまじくやわらかくなった。牛すじカレーの秘訣はトマトをたくさん入れること。圧力女王の日も近い。

日
6月19日
月曜日

 午後、例のラジオ(生のやつ)。これ、話せば話すほど自己嫌悪に陥る。話すのは本当に苦手なんだなあと骨身にしみる。
 それから夜は、仲良くしてもらっている作家の方のおうちにお呼ばれ。この人のおうちの裏では蛍が見られ、蛍会は毎年恒例になっている。私は参加2度目。
 おいしいごはんがぐわーんとテーブルに並び、十数人でばくばく食べる。水餃子がすばらしかった。盛っても盛っても品切れになる人気ぶり。そうして蛍、ものすごくたくさん見ることができた。蛍って、本当にきれいだなあ。
 夜も更けてから、作文ゲームをして遊ぶ。ただの作文ゲームではなく、ちょっと大人っぽい作文ゲームなのだ。明日が早いので、十一時にひとりで泣く泣く帰る。みんな、きっと朝まで作文ゲームをやっていることだろう。

日
6月20日
火曜日

 夕方から都内ホテルで新人文学賞の選考会。この賞は私は今年から。白熱しながらもなごやかに会議は進む。七時ごろ受賞者が決まり、ごはん。この賞は今年リ ニューアルされて長編の賞になった。私が三百枚以上の小説を書くことができたのはデビューして十年以上あとのことだったので、最初から四百枚近くも書くな んて、それだけですごいことだと思う。
 ごはんののち移動してみんなでちょこっと飲む。
 あのー、半袖を着るようになってから、よく腕のあたりがたくましいとか健康的とか言われるんですけれど、これは言い換えれば、ぶっとい、ということです ね。真偽のほどはわからないけれど、十歳までにどのくらいの運動をしたかで、筋肉がつきやすいとかつきにくいとか、変わるのだと聞いたことがある。私は十 歳までの運動量がすさまじかったからか(野生の猿のようだったから)、筋肉っぽい肉がすぐついて、でも食事コントロールとかしていないので、いわゆる鍛え ているきれいなかたちにはならなくて、ただ、でかい、という感じになる。筋トレのあとジーンズ裂いたことあるし(横にだよ横に!)。
 それで今日もですね、隣に座った編集者が「なんだかカクタさん、腕のあたりが見事ですね」と言っていて、それを聞いていた衣良さんが、「健康的ってことですよね」とフォローしてくれて、さみしい心持ちになった。
 ちなみに、筋肉というのはふだんやわらかいんです。以前、取材できた人が、私の二の腕をいきなりつかみ、「うわーやわらかーい」と言っていたけれど(どういう人だったんだろう)、脂肪でやわらかいわけではないんです。……と、何をムキになっているのか。締め切りみっつ。

日
6月21日
水曜日

 午前と午後に取材一件ずつ。夕方以降、築地でお弁当つきの会議。何かもう、眠くて眠くて、だらけた学生のようになった。でももう学生ではないから、ぐらぐらしながらも最後まで起きていた。
 えーと、7月の宣伝をしようかな。させてください。
 7月8日に横浜ルミネの有隣堂でサイン会します。が、直前まで仕事で異国にいっているので、もし異国で何かあった場合帰ってきていないかも。帰ってきたいんですが。
 7月27日によみうりホールで重松清親分と対談をします。食卓がテーマです。
 7月29日に青山ブックセンター(表参道の本店)で、三浦しをんさんとトークショーします。しをんさんの新刊『三四郎はそれから門を出た』の記念イベントで、テーマは「書評の楽しみ」ということです。
 7月11日に人間ドック受けます……あっ、これは宣伝じゃないや!
 (人間ドックのこと、ずっと人間ドッグだと思っていた。それじゃ人間犬だね。)締め切りひとつ。

日
6月22日
木曜日

 午後、明治記念会館でWOWOWの仕事。WOWOWでドラマ化された「対岸の彼女」がDVDになるのでそのお手伝い。昔の上司Kさんに会う。私がアルバ イトしていたときは、Kさんはまだ三十六歳だった。今の私より年下だったんだなあ。Kさんはいつも何かしら食べていたけれど、この日も、だれかの差し入れ のシュークリームを食べて帰っていった。  夜、蛍の会のとき教えてもらった「カレー味ポテト」を作ってみる。うまくできた! 締め切りひとつ。

日
6月23日
金曜日

 午後、ホテルオークラに向かう。今日は川端賞の授賞式。三島賞と山本周五郎賞といっしょの式である。早めに着いたので、編集者SさんとKさんとピザを食べ ハイチオールCを飲み長い夜に向けて万全の体勢。村田喜代子さんが選評を述べてくださる。学生時代からとても好きだったので本当にうれしかった。それから パーティ。いろんな人に会えてうれしかった。オークラのフォアグラが、オークラのフォアグラが、とたくさん言い過ぎていたので、Sさんがフォアグラをゲッ トして持ってきてくれた。私、生まれてはじめてフォアグラを食べたのが、友人の三島賞のパーティで(つまりオークラのフォアグラ)、以来フォアグラ好きに なったのである。去年も知人が三島賞をもらったので私はここにやってきてフォアグラを食べた。今年も食べられてうれしい。
 二次会はカラオケ。このあたりになるともう何がなんだかよくわからない。楽しい気分だけがある。いろんな人のいろんな歌を聴く。ロック母にちなんで(賞 をいただいたのがそういうタイトル)、ロック縛りのカラオケにしたのだが、途中からみんなどうでもよくなって、演歌とか、アニメソングとか、懐メロみたい なのを歌っていた。三次会は午前0時から。解散は三時前。楽しかった。
 きてくださったみなさん、セッティングをしてくださった編集者の方々、本当にありがとうございました。心の底の底から感謝です。そういえば、夜、胃に入れたものフォアグラだけだった。締め切りふたつ。

日
6月24日
土曜日

 ほぼ一日眠る。起きて映画を二本見る。

日
6月25日
日曜日

 恒例の梅漬け。今年の梅はなんだかでっかい。まちがえて塩を多めにしてしまった。
 午後、近隣の町に携帯電話を買いにいく。来週から取材旅行にいくので、海外でも使える携帯が必要になったため。機種変更するとき、古いものから中身(ア ドレスとか)を取り出して新しいものに移す、ということが、前は一時間くらいかかったのに、今日は10分もせず終わってしまった。これって進化?  どピンクの携帯にしました。なんとなく。
 携帯屋から出てCD屋に向かっていたら、編集者のHさんにばったりと会う。Hさんはおかあさんといっしょに歩いていた。Hさんは金曜日、もうひとりのH さんとペアでザ・ピーナッツの歌をうたってくれたので、Hさんと別れてからずっと、ザ・ピーナッツの歌があたまで鳴り響いていた。
 この町を歩いていると本当いろんな人に会う。
 夜はサザエを見て、フネの思い出話(相合い傘にまつわる話)を聞いていたら泣けてきて、同居人に「いったいどこに泣くポイントが……」と驚かれた。

日
6月26日
月曜日

 午前中取材、午後B社で打ち合わせ。六時すぎに自宅に戻り、たこオリーブパスタを作って食す。

日
6月27日
火曜日

 私の新しい携帯電話はウォークマン携帯というものらしい。ウォークマンとカメラがいっしょになった電話、ということになる。ぜひ次は、卓上掃除機機能もつ けてほしい。爪切り機能や体温計機能も。冷やしたら冷えピタ状に額にくっつくようになってほしいし、人差し指を押しつけたら血圧がはかれるようにもなって ほしい。嘘発見器機能もいいのではないか。締め切りひとつ。

日
6月28日
水曜日

 夕方、このページの担当をしてくださっているTさんとYさんと駅に集合し、打ち合わせがてらごはんを食べにいく。お店の人が、親戚の人(六十二歳)の自作 ストラップをたくさん見せてくれて、好きなものをあげると言う。わーすてき、とこういうとき、私はよく見もせずに言ってしまうのだが、TさんとYさんは、 「これは単色でまとめたほうがいい」「洋と和が入り交じっているから奇抜なのだ」などと、すごくていねいにストラップのあるべき姿を伝えていて、なんと心 の澄んだ人たちなのだろう、と思った。
 一本しか飲めないだろう、と思っていたワインを、気がつけば三人で三本飲んでいた。しめきりふたつ。

日
6月29日
木曜日

 週末から留守にするので、その間の締め切りのものをせっぱ詰まって書く。途中抜けて来週のための買い出しにいく。戻ってまた仕事をする。まだ6月なのに、梅雨が明けてしまったような陽気である。締め切りむっつ。

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