アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2007年2月2日〜2月28日

日
2月2日
金曜日

 4カ月、早くて3カ月先だと事実をねじ曲げて思いこ んでいた締め切りが、2月5日であり、休日の土日を差し引くとあと2日ほどしか時間がないので、もっのっすっごおおおおく集中してキーボードを打った。集 中というのは、集中しようと思ってできるものではなく、「こらたいへんなことになるデ」というのがあってはじめて発揮されるもののようである。あくまでも 私の場合。そして集中した日は夕食あとに、気を失うように床で寝ている。はたっと起きると甘いものが無性に食べたくなり、家にある甘いものをさがしだして うつろな目でむさぼり食う、そしてようやく正気になり明日のためにはやばやと風呂に入って眠る、というのが私の集中パターンである。締め切りふたつ。

日
2月3日
土曜日

 白髪が目立つので髪染めにいく。どんな色にしま しょう、と訊かれ、「明るい色にしたいが、年齢が年齢なので、明るすぎないような明るい色がいいです」と答え、この、「年齢が年齢なので」というところ で、「いやいや」とかそういう美容師さんのリアクションを私は無意識に望んでいたらしいことに、「あ、そうですね」と答えていただいて、はじめて気がつい た。たいへんまどろっこしい悪文ですみません。
 仕事場の掃除をし、夕方、羊を食べにいって、がひーーーーーん。近所のジンギスカンの店が、まずそうな魚の居酒屋に変わっていた。がひーーーーーん。私 の愛する羊。いったいどこへ。ジンギスカンブームは下火なのだろうか。私の羊への濃い愛が、それを食い止めることはできないものか。
 やむなく、おでんを扱う飲み屋にいって飲む。この店はおでん以外のものがおいしい。でもおでんを食べた。豆はまかなかった。海苔巻きも食べなかった。

日
2月4日
日曜日

 ipodで走る。走りつつ「ああもういやだ」と思っている。でもipodにデータを入れたいから走っている。サザエのストーリーが今日もミステリー仕立て。夜春巻き。

日
2月5日
月曜日

 昼過ぎに仕事場に出て都心の歯医者さんにいく。歯医者さんにいくのは、私にとって、丸腰でイラクに観光旅行にいくようなおおごとなのだが、今年の抱負でいくと決めたので、ものすごい勇気を振り絞って予約の電話をしたのだった。
 前に飲み会でお会いした女医さん(美人)の歯医者さんで、虫歯が、ぜったいに八本以上ある、という予想とは裏腹に、五本だったのでちょっとうれしかった。五本「も」と思う人もいるかもしれないが私には五本「だけ」なのだった。
 その後NHKにいってラジオ。終了後、タクシーに乗って「日仏会館」と告げると、運転手さんが「それはどこ?」と訊く。「私にもわかりません」と答えた のだが、この運転手さん、親切にあらゆる方法で日仏会館をさがそうとしてくれ、しかも私のいこうとしているのは「日仏会館」(恵比寿)ではなく「日仏学 院」(飯田橋)だと教えてくれた。助かった。知らないところにいってしまうところだった。
 日仏学院で所用をすませ、神楽坂の豚の店にいき、打ち合わせ。五人で豚や牛を焼く。飲んでいたらたのしくなって、生演奏のある不思議な飲み屋にちょこっと寄って帰る。締め切りふたつ。

日
2月6日
火曜日

 昼過ぎに仕事場を出て某官庁へ。私は何かの委員になって何かの会議に出席せねばならなかったのだが、出席してみても、自分が何の委員であるのか、よくわからなかったことである。
 5月のスケジュールを決めていたら、気持ちが悪くなってきた(いろいろありすぎて)。ああ、来月が12月だったらいいのになあ。

日
2月7日
水曜日

 昼、Tっち(美人)が近所にきてくれたので、 いっしょにお昼を食べる。それから新宿へいき所用、それから移動して隠れ家のようなところで盛大な飲み会。それはAさんのお誕生日を祝う会で、十時を過ぎ てでかいケーキが登場。きちんと年齢ぶんの蝋燭が立って、夢のように美しい。興奮し、ライターを手に外側から火をつける私に、「内側から!内側から!」と Kさんが言い、感動した。何に感動したかってえと、何も考えず私のように外側から火をつけていく人間ばかりが世のなかにいたら、たいへんなやっかいごとが 持ち上がるのである。内側から火をつけねばすべてに火をつけることは難しい、と考えるKさんのような人がいてはじめて、世のなかのいろんなことが、潤滑に まわるのである。と、そのような感動をしたのだった。
 すばらしい会であった。9時に帰ろう、と思っていたのに、楽しすぎて気がつけば12時(こんなんばっかりだなあ)。

日
2月8日
木曜日

 昨日たくさん飲んだのに二日酔いがなくて楽であ る。昼に、いつもいくお店にいったところ、「牛肉とチーズと卵のカレー」があったのでそれを食べた。牛肉、チーズ、卵って、私の好きなものばーっかり。う れしいなあ。昼はそんなふうに大盤振る舞いだったので、夜は質素に善を目指す。

日
2月9日
金曜日

 運動後、吉祥寺にいき、がつんとしたものを食べる会。羊がうまかった。さんざん飲み、たくさん笑い、健康的な夜だった。締め切りふたつ。

日
2月10日
土曜日

 DVDで映画を見る。私はめったに映画を見ないので(昔は見ました)、DVDの使い方がいちいちわからなくなる。

日
2月11日
日曜日

 豊田道倫さんの結婚式で銀座にいく。きらびやか なはなやかな会場だった。窓からさしこむ陽の光が美しく、ドレス姿の新婦がマリア像のようだった。知っている人がまったくいなかったので不安だったが、途 中で、セキユリヲさん、大橋じんじん、「だれかのことを強く思ってみたかった」を装幀してくれた山田さんに久しぶりに会えて、うれしかった(っていうか、 知っている人がその3人だった)。大橋じんじんの話があまりにも興味深く、二次会についていきそうになったが、帰った。とてもすてきなパーティだった。

日
2月12日
月曜日

 昼過ぎから夕ごはんの献立に悩み、悩みつついし いしんじさんのごはん日記を読んだら、「じゃが芋のチーズ焼き、鯛の香草蒸し」と出てきたので、おっしゃそれにしよう、と決める。いしいさんちの晩ごはん はもっと品数が多くゆたかだが、その二品だけ、まねることにした。これは著作権侵害ではないよな? と不安になり、じゃが芋ベーコンの豆乳グラタン、鯛の ハーブ蒸し、と、ほんの少しばかり変えてみた。小心。でもいしいさんの日記読んでいると、すべてのごはんが私基準の善だから、まねていったらきっと、血さ らさらになるな。

日
2月13日
火曜日

 午後歯医者さんにいく。顔の輪郭が左右で違うのは、噛み癖のせいではないと知る。目から鱗が落ちた。そして、麻酔をかけるのに注射をしなかったことにものすごく驚いた。麻酔注射がないと、私の場合、歯科恐怖が七割がた減る。時代は刻々と進化しているのですね。
 麻酔の残る右頬のまま、広尾方面にいき、S社の編集者二名とMさんと、連載終了打ち上げを兼ねた肉を囲む会。この肉屋が、感動的なほどおいしかった。麻 酔の残る右頬をもってしてもうまかった。途中で麻酔が切れてきたので、いつもは後半にいくにしたがってペースが落ちるのに、九時あたりから猛然と食欲が 出、食べまくった。S社Kさんの、あまりにも衝撃的な告白を聞く。衝撃を受けつつも、肉はうまかった。締め切りみっつ。

日
2月14日
水曜日

 あら、バレンタインデイ。去年も一昨年も、私はイベントに参加したくて、伊勢丹のチョコレート売場の、あのすさまじき戦闘に向かっていきました。しかし今年は、ちょっと自信がない。雨だし。
 新宿に出て打ち合わせごはんを食べ、中途半端に時間が空き、高島屋は空いているかなーと思ってチョコ売り場にいく。高島屋は空いていた。伊勢丹のあのすさまじさはなんなんだろうなあ。
  今日は夜にも都心で用があるので、それまで新宿で時間をつぶそうと思っていたが、どうにもつぶせず(無趣味・無関心な人生なので、映画観たりドーナツ買う ために並んだりという選択肢がまったくない)、やむなくいったん仕事場に戻る。そんですぐまた電車に乗って水道橋方面へ。
 今日は辛いもの同盟の会で、辛いものをこよなく愛する森さんとKさんと3人で、火鍋を食べる。火鍋、あんまし辛くないねえ、と言い合いながら食べていた が、火鍋の赤い汁がたれとまざるにつれ、きちんと辛くなった。そして最後に頼んだ唐辛子と鶏の料理が、もんのすごおく辛かった。山盛り唐辛子のなかから、 鶏肉をさがして食べるのである。唐辛子より、山椒のほうが辛いと知った。火鍋とこの唐辛子鶏でテーブル真っ赤。テーブル真っ赤なのにみんな至極自然に会話 をしていて、だれも「辛い」とか言わなくて、さすが辛いもの同盟よ、すばらしき哉人生、と思った。締め切りみっつ。

日
2月15日
木曜日

 先だって豆乳をたくさんいただいたので、この二週間ばかし、豆乳料理を開発中なのだが、今日は失敗した。早くも昨日の唐辛子鶏料理が恋しくなっておる。ジムで測定をしたら筋肉量がほんの少し増えていてイエー。締め切りひとつ。

日
2月16日
金曜日

 仕事が月末までに終わる気がしない。なぜだ。なぜまたスパイラルに。晩ごはん善。締め切りひとつ。

日
2月17日
土曜日

 本読んで一日終わる。キムチを大量に投与した鍋を作る。そして、ああ、ゼルダが終わってしまった。たのしみなテレビ番組の最終回のような心持ち。明日から何をたのしみに生きればいい(大げさだが)……。

日
2月18日
日曜日

 東京マラソンに知り合いが出ているはずなので、朝起きてテレビを見る。銀座をみんなが走るところではなんだか感動した。知り合いの姿はさがせず。
 ゼルダ終了がさみしすぎてエレビッツと麻雀ゲームを買う。麻雀ゲーム、ものすごくたのしいが、Wiiである必要がまったくない。初代ファミコンでかまわないようなゲーム。

日
2月19日
月曜日

 カレーを大量に作ったらどろどろに。明日から仕事で鳥取にいくのだが、何を支度したらいいのかさっぱりわからない。取材旅行は何度もいっているのに、どうしていつも途方に暮れることになるのか。締め切りふたつ。

日
2月20日
火曜日

 朝早くに駅でS社Kさんと待ち合わせをして、羽田へ。今日は鳥取にいくのである。なぜ鳥取か? それはだれにもわからない。鳥取にいく、と決めた私にも。私はこのように突発的に場所を決め、突発的に行動することがよくあるが、自分の目指しているとこ ろがどこであって、そこに何があるのか、何を取材したくてその地にいくのかつねによくわからない。電車のなかで、Kさんに東京マラソンの話を聞く。すさま じくも、でも、楽しそうだと思った。完走したKさんは偉大。
 羽田で他の四人の方と落ち合い、鳥取へ。昼過ぎに鳥取着。鳥取は曇りの日が多いとか、雪が積もるとか聞いていたのに、完璧な晴れで、まるで南国にリゾー トにきたかのようである。歩いている人があんまりいない。みんな車に乗っている。私がこの町に生まれていたら、車の運転もできたかなあ、と考える。
 編集者の人は空港から市内へ向かうタクシーでまず最初に「このあたりの飲屋街はどこですか」と訊くものだと知った。夜は蟹。

日
2月21日
水曜日

 Kさんの組んでくれたスケジュールが完璧で感動する。Kさんは旅行代理店に転職してもスーパー添乗員になれると思う。なぜここにきたのかわからなかったが、昼過ぎにはわかりかけた。光が見えた感じ。やっぱりきてよかった。
 鳥取は(本当に縁がないので)私の個人的地図にはのっていなかったが、すばらしい場所だった。海があんなにきれいだとは思わなかった。鳥取ファンになった。
 鳥取は、全国でカレーの消費量が一位だそうだ。それでみんな、昼はカレー、という気持ちに取り憑かれたのだが、消費量一位ということと、カレーが名物、 ということとは違うようで、みな悩みながらイカ路線に変更し、昼はイカを食べる。イカを食べた直後から、みな寿司のことを考えはじめたので、ちょっとこわ かった。しかし寿司屋は四時で閉まっていた。
 帰るのがさみしいくらい鳥取を好きになった。帰りの空港で、鬼太郎グッズを買った。

日
2月22日
木曜日

 あっ、ぞろ目(日にちが)。
 きっちり5時半まで、頭から音が出るほど仕事をし、神保町方面へ。K社の方々と羊のしゃぶしゃぶ。不思議な店だった。羊はうまかった。あと、黄色いねばるデザートが、最初は「ほん」という感じなのに、どんどんおいしくなって平らげた。あれ、なんだったんだろう……。
 その後、人の家のような変わった店にいく。明日の朝が早いので、今日はあまり飲まずにおこう、と決めていたのに、途中でそのような理性が吹っ飛んで、泥酔していた。気がついたら自分ちの前だった。世のなかって不思議。締め切りひとつ。

日
2月23日
金曜日

 朝は爽快に目覚めたのに、時間がたつに連れ猛烈に具合が悪くなる。私、何かものすごく重大な病気ではないか……と不安になるが、あっ、二日酔いだべ、と気づく。不安になるほどの二日酔い。ごはんも震えながら食べた。
 夕方東京會舘へ。6時15分についたのにもう授賞式は終わってパーティになっていた。二日酔いがなおりかけた胃にビールとワインを流しこむ。鳥取蟹チー ムと再会し、別れたのはおとといなのに、グワーとなつかしさがこみあげた。一泊でもいっしょに旅行をすると、いとこのような気持ちになるものですね。
 青山さんの二次会にいく。青山さんがデビューされたときの選考委員は高橋源一郎さんと田中康夫さんと斎藤美奈子さんと私で、その縁。斉藤さんは二次会か らいらして、高橋さんと田中さんはこられず残念だった。アットホームないい会だった。青山さんと、妹さんが双子のように似ていた。締め切りひとつ。

日
2月24日
土曜日

 夜ごはん(壷に入った肉)をはさみ、ほぼ一日、Wiiである必要のない麻雀をやりまくってしまった。延々とくりかえしやりながら、自分の麻雀への愛を思いだした。そうだった、私は麻雀を愛しているのである。なぜ忘れていたのか。
いかん、このままでは朝を迎えてしまう……と理性をかき集めて寝た。

日
2月25日
日曜日

 朝走る。つらかった。映画の「バベル」と言おう として「ゼルダ」と言ってしまった。ああゼルダ。鳥取で帰りがけに買った蟹が届いたので、蟹を食らう。ほかのおかずがいっさい食べられなかった。蟹って、 いったいなんなんでしょうねえ。なぜこんなにおいしく育つ必要があるのか……。

日
2月26日
月曜日

 しつこいようだけど、ついこのあいだ正月だった ような気がするんだけど。昼、カルボナーラが猛烈に食べたくなってよくいく店@にいったらまだ閉まっており、Aにいったらこれまた閉まっており、じゃあ B、と思ったがこれも閉まっており、そんなら魚、と思い魚居酒屋にいくがどの定食も食べたくないと気づき、そんなら釜飯、と思い釜飯屋にいくが今日の釜飯 に心惹かれないとランチ看板の前で思い、このあたりで頭がおかしくなりそうになって、結局、路地の奥の店で蟹クリームコロッケ定食を食べた。これは頭のな かに「蟹」という言葉が残っていたせいだろう。締め切りふたつ。2月ってなんで日にちが少ないのッ!

日
2月27日
火曜日

 昼にようやっとカルボナーラを食べ、本屋にい き、目的の本をさがすも、三軒ともなし。あきらめてべつの(とくに読みたいとも思っていなかった)本を買って電車に乗り、歯医者さん。尊敬する大人Tさん が送ってくれた、パイナップルフリーウェイというバンドのCDが、妙にツボに入ってしまい、仕事場でもipodでもずっと聴いている。音楽を聴いている と、電車の乗り換えも駅の混雑もさほど苦にならない。音楽がないと小便たらして泣きたい気持ちになる(電車の移動と混雑がたいへん苦手なのだ)。
 歯医者さんから帰る道すがら、チーズ、卵、肉、のことを考える。この遊牧民セットのような食べ物が私は異様に好きだが、その「好き」という源はなんであ るのか、ひとしきり考えた。だってチーズをまったく食べなくともなんとも思わない人もいるわけでしょう。肉も。卵も。ひとしきり考えても、「好き」の源は よくわからなかった。私はひとり暮らしをはじめてからこの二十年、さつま芋を自分で買ったことがなく、ということは、さつま芋はこの世からなくなっても平 気なくらい、さつま芋への愛がない。でも、さつま芋を食べなくてはじりじりしてくる人もいるのだろう。(でも、外で、たまにさつま芋食べると、ふつうにお いしいと思うのだが。)締め切りひとつ。

日
2月28日
水曜日

 おたおたと仕事をし、夜、Hさんと隣町の 焼き肉屋に向かう。はじめての焼き肉屋だが、評判がいいのでいってみたのである。Hさんが私と同じ、焼き肉屋で野菜を食べない派でうれしかった。Iくんが 遅れてきて、三人で飲む。楽しくて気がつけばたいへんに酔っぱらっていた。締め切りよっつ。

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