アスペクト

つれづれ雑記 角田光代

作家・角田光代さんの日常を綴る日記が、アスペクトONLINEにて連載開始です!怒涛のような締め切りの数々や大好きな肉のこと。見たこと、聞いたこと、会った人、出かけていった旅のこと。角田さんの毎日のつれづれはここでしか、読めません!!

2007年3月1日〜3月31日

日
3月1日
木曜日

 どうして2月はいつも短いんだろう、と、2月の終わるたびに考えている。
  おとといだったか、ぼうっとテレビを見ていたら、流れているのは健康番組だった。それで、再現フィルムってあるでしょう。その再現フィルムに出てくる体の 異変を訴える役の人の名が、「角田道男」だった。「角田」は、「つのだ」とか「かどた」とか読むほうがぜったいに多いのに、この再現フィルムの主人公は 「かくたみちお」で、「かくたみちおさんが……」「かくたみちおさんは……」と連呼されるたび、「かくたみつよ」と聞こえ、しかもその男の人、風呂場で倒 れたりなんだりさんざんな目に遭うので、なんとなくいやーな気持ちになった。未来が不穏に思えてきた。
 それで考えたのだけれど、よくある名前の人(たとえば「すずきけいこさん」、私のクラスに4人いたことがある)だと、こういうテレビで似たような名前の人が出てきても、あんまりなんとも思わないんだろうなあ。慣れっこになってしまっていて。締め切りひとつ。

日
3月2日
金曜日

 パスポートが切れたのでパスポート取得にいっ た。都庁ってぜんぶあたらしくなったと思っていたが、パスポートの取得場は、なんだか10年前とおんなじだったような気がする。地下鉄のホームで藤代冥砂 さんの「クレーターと巨乳」という本を読んでいたら、小学生二人が本の背表紙をのぞきこみ、顔を見合わせ、「巨乳!」「巨乳!」と言いながら通りすぎて いった。ずっと遠くでも「巨乳!」と言い続けていやがる。最近の子どもは、ずいぶん難しい漢字を読めるものですね。
 その後帝国ホテルにいって小学館漫画賞の授賞式。選考委員なのである(なんでって言わないでくださいね私だってなんでって思いつつ依頼を受けたのだから)。この授賞式はたいへんに華やか。まわりにいる人に圧倒されすぎて毎回ちっこくなっている。
 パーティの挨拶が終わったところで会場を出、打ち合わせのために市ヶ谷へ。このページでお世話になっているTさんに、不思議な店に連れていってもらう。 この店の食べものはみな善であるが、そして善というのは悪より劣るとかたく信じている私であるが、どれもこれもおいしい善であった。さすがTさん(Tさん はおいしいもの大臣)。途中からAちゃんが合流し、みんなで涙を流しながらわさび飯を食べた。これ、本当にすごかった。締め切りひとつ。

日
3月3日
土曜日

  お雛ですわね。午後に伊勢丹にいって、伊勢丹からNHKに。今日は魚喃キリコさんの、ケータイ短歌のラジオ番組に出る。歌人のゲストが穂村さんで、みんな 知り合いだから緊張しなくともすみ、しかもひさびさに会えたのでうれしい。短歌の投稿番組なのだが、みんながうまくてびっくりした。私にはぜったいに短歌 は作れない。脳が違うと思うんだよな、歌を作れる人は。
 収録後、遊びにきてくれた加藤千恵ちゃんを交えてみんなで中華料理を食らいながら話しまくる。めまいがするほど楽しかった。ふらふらと帰った。

日
3月4日
日曜日

 早起きしたのに怠け心が出て走らなかった。走るかわりにずっと麻雀ゲームをした。自分が嫌になるくらいくりかえしした。
 昨日作れなかったお雛寿司を作る。海老と鰻の雛祭り寿司なのだが、なんか去年のほうがうまくできたような。

日
3月5日
月曜日

  いつもいく店で「ビーフとチーズのオムデミライス」があり、ああ、私の黄金コンビ、牛とチーズと卵だわ、でも己をそんなに甘やかしてはよくないわ、と思 い、別のメニュウを頼む心づもりをしていたのに、なぜか「ご注文は」と訊かれ、魔法にかかったように「オムデミライス」とすまして答えていた。
 外はすごい風で、午後からの外出が憂鬱になる。でも花粉の人はもっと憂鬱だろう。風の音って異様にこわく、なんだか人生真っ暗な気持ちになるのだが、これは普遍的なことだろうか。

日
3月6日
火曜日

 ちょっと不思議なことが。3月2日の外出には コートは絶対に必要で、また、外を歩く人々も冬用コートを着ていたのだが、翌4日には、コートを着ている人はまばらで、実際コートは暑かった。それで今日 なんかもうみんな春服だが、こんなにかっきりと冬→春の変化を目にするのははじめて。何か決まりがあるのか。テレビのお天気番組で「今日からコートは脱い でください」と教えてくれているのか。
 でも完璧春服だと寒いでしょ。そんで「じゃあ厚着」と決めた日に限って気温上昇で暑いでしょ。寒い暑い寒い暑いでもう、何を着たらいいかわかりません ね。季節の変わり目は一年に二回、それを三十回以上も身をもって体験しているんだから、そろそろ学べばいいのに、まだ何を着ていいかわからなくなります ね。
 と、そんなことを考えながら東京駅へ。東京駅近くの建物ってずいぶんきれいになったなあ。丸の内ホテルで料理研究家の奥薗さんと対談。テレビや雑誌で見 るとおりの、にこやかなほがらかな方だった。私は読売新聞で掲載されていた、奥薗先生が斉藤記者に料理を教えるページの大ファンで、奥薗さんのゆったりに こやかな感じと、斉藤記者という人ののんきなだめっぷりが、もうすばらしいマッチングだったのだが、こないだ「最終回」とあった。思わず読売新聞生活部 (でいいのかな)に「終わらないで!」という投書をしそうになっちまった。
 夜、食事を終えて気がついたら寝こけていた。あわてて起きて麻雀をした。締め切りひとつ。

日
3月7日
水曜日

 夕方都心に向けて家を出る。大好きな豚の店で打 ち合わせをし、白アスパラにうなる。S社Mさんとは16年来の知り合いだが、ナイフとフォークのある店でともにごはんを食べるのはこれが二度目。同じくS 社Yさんと、温泉浴衣姿でなく、ともに飲むのは10年ぶりくらい。なんかすごいな。デザートを食べるYさん、カプチーノを飲むMさんははじめて見たことで ある。
 その後移動し、ロック飲み屋にいく。12時ちょうどに店内が真っ暗になったので「まあ、停電」と思いつつも飲んでいたら、いきなり誕生日の音楽がかかる。お店にいた人が全員私のお誕生日を祝ってくれた。美人がキスまでしてくれた。うれしくて泣いた。
 その後、高円寺に移動して清志郎のまねのできる店長の店にいくも、この時点で私は泥酔しており、烏龍茶しか飲めなかった。店長に清志郎の歌をうたっても らい、うれしくてまた泣いた。最後はみんなで「エンジェル」や「多摩蘭坂」や「ヒッピーに捧ぐ」や「トランジスタラジオ」をうたいあった。途中で歌がべつ の歌に混じったりしてそのたび笑った。お客さんはほかにいなかったので(たぶん閉店していたんだろう)、馬鹿みたいにうたったり泣いたりしてもだいじょう ぶだった。烏龍茶二杯って喫茶店みたいな注文の仕方をして、歌をさんざっぱらうたって聴いて店を出る。誕生日ってすばらしいなあ、と思いつつ3時帰宅。店 長ありがとう。

日
3月8日
木曜日

  誕生日特典で寝坊。でも9時前には仕事場着。今日で40歳イエー。なんてきりのいい年なんだ。大沢在昌さんもどこかで誕生日を祝っているだろうか。水木先 生も。昨日から猛烈に眠い。春になったんだなあと思う。たくさんのおめでとうのメールが届き、誕生日ってつくづくいいなあ、とまたしても思う。おめでとう という言葉が私は好きだ。締め切りひとつ。

日
3月9日
金曜日

  ああ、誕生日が終わってしまった。これから一年、誕生日ではない日が続く。午後、著作権に関する文芸家協会のイベントに出る。第一部が、弁護士の方の講演 なのだが、これがあまりにもおもしろく、勉強になり、学生のようにメモをとりながら聞いた。第二部は座談会で、私はここに出たのだが、またしてもたいへん 勉強になった。著作物には複製権というものがあって、たとえば授業なんかで本のページをコピーして配るのは、本当はいけないことなのだ。著作権に関して は、文芸家協会の尽力でだいぶ広まってきたと思うんだけれど、それでもときどき、「それは著作権が発生するのですよ」という説明をしても、「はあ?」とい う対応をされることがある。使用料をとるのは、何もお金がほしいわけではなくて(だって本当に微々たるものだ)、そのへんのことを認識しましょうね、とい うことなのだが、「はあん? お金え?」みたいなことになる場合も、ままある。
 その後、神楽坂に移動して、K社の方々と文庫の打ち上げ。文庫の、すばらしい解説を書いてくださった中島京子さんにはじめてお会いして、すばらしい解説 のお礼を直接言うことができた。中島京子さんの書く小説は前から好きだったので、緊張した。不思議なスナックにいって、いろんな国の言語のカラオケ。歌で 聞くと中国語はキュートである。あまり飲まずに帰った。締め切りふたつ。

日
3月10日
土曜日

 財布があまりにも汚いことを友人に指摘されたの で、自分への誕生日プレゼントとして財布を買う。私、自分へのご褒美とか自分へのプレゼントとか大ッ嫌いなのだが、でもまあ、いいや、本当に現財布、汚 かったし。その後某所で肉を食らい、歌の種類のたくさんあるカラオケにいく。このカラオケ屋はものすごい。どんとの歌だってあるんだから。スライダースな んか五十曲くらいある。
 送別会の時期なのか、カラオケ屋も、帰りの道も、ホームも、激混み。たくさんの人がいろんな花束を持っていて、その花がきれいだった。

日
3月11日
日曜日

 悪続きなので夕飯善。

日
3月12日
月曜日

 英語の授業にいってなぜかレッスン時間めいっぱい、先生の恋の悩みを聞く。私にもっと語彙があれば、と思いつつ聞く。言いたいことの四分の一も言えなんだ。しかし今日覚えた「ふたまた男」という単語、使う日がくるのか。
 先週奥薗さんに会う前に、奥薗さんの料理の本を予習しなおしたのだが、その本でおぼえた玉葱ソースにはまっている。魚に小麦粉つけて焼いてこのソースを かけるとかんたんに南蛮ができる。南蛮漬けは好きだが、あまりにも面倒で今まで敬遠していたのだ。それが奥薗さんの作り方だと目玉をひんむきたくなるくら いかんたん。締め切りふたつ。

日
3月13日
火曜日

 午後歯医者さん。早めに着いたので、表参道ヒルズというところにいってみたが、広すぎて意味がわからなかった。そして歩いていたら、自分が魚になったような気がした。
  豆ごはんを作る。かつて私は豆類が食べられず(元偏食児童)、しかし豆ごはんが異様に好きであった。豆をぜんぶ取り除いて食べるので豆ごはんではないのだ が、あのいいにおいの薄しょっぱいごはんが好きだったのだ。そんな無体なことをしても怒られない家だった。今は豆も食べます。締め切りふたつ。

日
3月14日
水曜日

 ホワイトデイ? みんななんかするの?
  スーパーの前の季節ものコーナーで、トップスのチョコレートケーキを売っていたので、なつかしくなって買って食べた。このケーキを私は中学生のころはじめ て食べて、生まれてはじめて文化に触れたかのごとく「激うま!」と感動し、「トップスのケーキイコールすばらしい食べもの」と脳のなかで定着しているが、 しかしそれは大半が記憶の味である。サーティワンのチョコミントがかつて衝撃的であったが、しかし今現在、さほどめずらしいものではないのに、チョコミン トが斬新だとつい思ってしまうような、……まどろっこしい説明だなあ。まあともかく、今はあちこちですばらしいチョコレートケーキが買える、ということで ある。私の思う昔は本当の昔、ということである。
 それから、知人に「ワラビ餅」をいただいたのだが、ワラビ餅ってなんだろう?
 とずっと考え、包装をといてみたところ、私の思っていた「ワラビ餅」はワラビ餅ではなく、私はワラビ餅というものを見たことも食べたこともないことに気 がついた。これはくず餅と違うのだろうか、と思いつつ、食べたら(しかしよく食べるな、甘いものを立て続けに)、くず餅とは違った! すごいなワラビ餅!
 くず餅よかおいしいよ! で、ワラビって何? 蕨? 山菜の?
 くず餅というと、母一家(母と祖母と母の姉妹という女のみの家族)は、川崎大師にいくと必ずだれかがくず餅買ってきてみんなで食べていた。あの女たちはみなくず餅を異様に愛していた。不思議だなあ。締め切りひとつ。

日
3月15日
木曜日

 朝から外まわり。午後、PHPにいって取材。Y新聞のOさんに、十年ぶりくらいでインタビューをしてもらう。私の母はY新聞購読者で、Oさんの文芸記事のファンで、彼女に私が取材を受けることをものすごい誉れと考えていた。私もしみじみそう思った。
 その後新潮社にいってR18文学賞の選考。おやつにたい焼きが出た。選考会後、大好きな店にいってごはん。のち、近所のホテルにいって受賞者の人を勝手に祝って飲む。楽しすぎて時間感覚が薄れる。受賞された方、本当におめでとうございます。締め切りひとつ。

日
3月16日
金曜日

 午後、五反田にいき、雑誌の取材で山本浩未さんに化 粧の仕方を習う。山本さんは教えるのが本当にうまく、また面倒なことがいっさいないので、習ううち、「私も化粧がうまくなるかも」とわくわくと思った。山 本さんに化粧をしてもらったら、年相応の顔になってうれしかった。魅力的な人だったなあ、山本さん。
 その後、原宿に移動し、尊敬する大人Tさんの引率で、町田康さんのライブを見る。町田さんのライブを見るのははじめてである。かっこよくてしびれた。ライブ会場はたいへんに広かった。ライブ後、お洒落な韓国料理屋に移動してごはんを食べて飲む。締め切りひとつ。

日
3月17日
土曜日

 昼に、近所の、ずっと前からいきたかったハンバーガー屋にいってハンバーガーを食べた。うまくてびっくりした。考えてみれば、ファストフード以外のハンバーガーってはじめて食べたかも。うまいものなんですね。
 夕方から、スイッチパブリッシングの下にあるカフェで、大竹昭子さんとトークショー。スイッチの会社を見学させてもらったら、就職したくなるくらいお洒落な建物だった。
 トークショーの内容は、五感と小説、一人称と書き手の距離、などについての話で、大竹さんと話すといつもそうなのだが、必ず何かではっとさせられる。自 分で言葉にして気づくことも多い。私がいちばん驚いたのは、テーブルにあるランプの描写をどのようにするか、と話しているときの、大竹さんの正確な即答。 手品を見せられた気分だった。本当に大竹さんは、視線の人、五感の人なのだ。だからあのような、心のざわつく緻密な描写ができる。そうして私がもっとも苦 手とするのが、視線を言葉に落としこむその作業。ランプなんか、描写できなかったもんねその場では。書く、って奥が深いなあ。いらしてくださったみなさ ん、ありがとうございました。私はとてもたのしかったです。みなさんもたのしく思ってくださっていたらいいのですが。
 その後、おでんのある飲み屋で打ち上げをして、帰った。

日
3月18日
日曜日

 筍ごはんを作ろうと思い、ちょっと遠いスーパー まで買い物にいく。春なのに寒かった。このちょっと遠いスーパーは、私の愛するサイボクポークを扱っているので、豚バラを買った。豚肉特設コーナーにイベ リコ豚が売っていたが、その値段にびっくらこいた。私の分類で、鳥は魚でありイベリコ豚は牛であるが、その値段も牛並みであった。
 筍ごはんはうまくできた。私はごはんに何かが混ざっている食べ物がものすごく好きである。肉、卵、混ざりものごはん、チーズ、のような順番かな。ああ、なんでいちいち順番をつけずにはいられないんだろう………。

日
3月19日
月曜日

 夕方、旅行代理店に用事があって立ち寄ったとこ ろ、カウンターの隣で、若い男の子が、バンコク経由ミャンマー行きのチケットを予約していて、うらやましくてめまい。その子の旅程では、ミャンマー滞在よ りもバンコク滞在のほうが多かったので、「ミャンマーにもっといなさいよ、すばらしいから」とお節介おばさんのように口を出したくなった。もちろんそんな ことはしません。
 その後表参道と渋谷の中間くらいのところで、ダブルNさんと打ち合わせごはん。打ち合わせ終了後、Nさん(四十代後半)の怒濤のような恋愛話を聞き、複雑な気持ちになる。人ってたくましい、というのが、最終的な感想であった。
 帰りのタクシーで運転手の人が端数をおまけしてくれ、そういえば、今日の朝の占い、魚座が一位だった、と思いだした。

日
3月20日
火曜日

 なぜいつまでも寒いのか。みっちりと仕事をするも、なぜかはかどっている気がしない。なぜ。締め切りよっつ。

日
3月21日
水曜日

 休日だが、ふつうに仕事。午前中のうちに仕事場 を出て、NHKふれあいホールというところへ。今日は朗読のイベントがあり、そこに出るのである。イベントというか、ラジオの公開生番組で、進行が不思議 な感じだった。「あれ、この感じってなんか知っているような……」と思い、あ、「今宵、フィッツジェラルド劇場で」だ!と気づいた。アルトマン監督の遺作 だが、公開ラジオ番組の話だったのだ。ちょっとわさわさしていて、進行係がステージをそろそろと行き交う感じが、とてもよく似ていた。
 会場は満席で、朗読ってブームなんだなあ、と思った。もうひとかたのゲストは石坂浩二さんだったのだが、「斜陽」の朗読が、すさまじくて鳥肌がたった。 やっぱしこれは、男の人が読んだほうが色気があっていいですね。プログラムのなかには「朗読教室」もあったりして、盛りだくさんであった。最後に、上田早 苗アナウンサーが「presents」のなかの「名前」を読んでくださり、これがんもう、すごおくうまくて、聞いていたら泣けてきて、でも自分で書いたも のを自分で聞いて泣くなんて馬鹿だ、と思いこらえていたのだが、会場で何人かがハンカチで目頭をおさえはじめ、それを見たらもらい泣きのようにして泣いて しまった。私が書いたものよりずうっといい話のようであった。朗読って不思議だなあ。締め切りひとつ(祝日でも締め切りがある……)。

日
3月22日
木曜日

 夕方に仕事場を出て、銀座へ。ハウスオブ資生堂 で、「口紅のとき」という展覧会があるのだが、その文章を書かせていただいたので、レセプションパーティに出るのである。私、未開地で暮らしているような 非文明的な人間だから、レセプションパーティってなんだべ、と思い、ま、顔合わせ?と勝手に結論を出し、スポーツ後のぼさぼさ頭でほんのり汗臭を漂わせて いったら、なんつーかたいへんに華やかで麗しい会になっており、人もたーくさんいて、「ああ……自分が嫌だ」と思いました。写真がものすごくすばらしかっ た。二階の展示もすごいです。昭和初期の口紅などが展示され、その上に、鹿島茂さんが選んだ古今東西の詩や小説の抜粋が飾られているのだが、感動的なの だ。6月までやっているようなので、お時間のある方はぜひ。
 その後、神保町に移動して、お祝いの会におじゃまする。高齢温泉の会のおひとり、長谷川さんが芸術選奨を受賞されたのだ。ワインを飲み、名物料理を食べ、その後銀座に移動。お祝いの会はいいなあ。本当におめでとうございます。締め切りふたつ。

日
3月23日
金曜日

 午後、歯医者さんにいき、麻酔びりびりのまま打 ち合わせをし、その後、互助の会メンバーで食事をし、ロック飲み屋へ。気がつけば、ひとり減りふたり減りして、残ったメンバーはご近所の顔ぶれ。ご近所の 私たちが、表参道で飲んでいるのも変だ、というような話になり、店が混んできたのを見計らって近場へ戻り、空いていた店で飲む。しかし、この近所の人はだ れであっても本当に都心が嫌いだよなあ。嫌いっていうんじゃないんだろうけれど、すぐ近場に戻りたがるような気がする。もちろん私も含め。っていうか、私 がいちばん戻りたいのだが。締め切りふたつ。

日
3月24日
土曜日

隣町を散策。夜は肉を食べに。こほーん、こほーんと響く咳が出る。

日
3月25日
日曜日

 朝起きたとき、36、7度だった熱が、午後にな るや37、5度にあがり、ちょっと寝たら、38度を過ぎた。このまま熱が下がらなかったら、来週がこわいことになる(来週は対談が多い)、と思い、厚着を して、布団をかぶってひたすら眠る。熱のときってなんであんなにたくさん眠れるんだろう。

日
3月26日
月曜日

 熱は下がったものの、悪寒・咳・だるだるがつら く、医者に。いつも空いている医者が、混んでいた。みな風邪のよう。インフルエンザの検査をしたが、違った。薬を飲み、夕方、新宿へ。Mさんとラッパ屋の 芝居を観る。Mさんは清志郎の会の大御所だが、なんと十年ほどラッパ屋を観ているという。私はラッパ屋の人たちの後輩なので、やっぱりずっと観ている。な んという偶然だろうか、と、二人で観にいったのである。今回もたいへんおもしろい芝居だった。鈴木さんの脚本の、ゆるい肯定感が私はとても好きである。
 Mさんの顔が赤いので、もしやと思い訊いてみると、やはり彼も昨日熱を出したとのこと。芝居の帰りに鰻を食べ、ビールを飲んだら「くらっ」としたので私 はやむなく茶を飲んだが、Mさんは「久しぶりなので」とその後ゴールデン街に消えていった。さすが…………。締め切りひとつ。

日
3月27日
火曜日

 昼に仕事場を出て、こないだいった丸の内ホテル にいき、お昼ごはんを食べながら対談。写真家で作家でもあり、ものすごい鉄道博士でもある櫻井寛さんとだったのだが、お話があまりにもおもしろく、食べ物 がどうでもよくなって何を食べているんだかまったくわからなくなった。最後のほうで、カブの下に隠されたたらこを発見。なぜ隠してある私の好物をッ!
 私は長年あたためている旅プランがあるのだが、それが可能か不可能か櫻井さんにお訊きしたところ、ばりばりに可能であった。すごいなあ、櫻井さん……。夢が一歩近づいた気分。
 帰り、べらぼうに集中して本を読んでいたら、途中駅でべらぼうに集中して本を読みながらサラリーマンが乗車、私の隣の狭い空間に無理無理に尻を押しこん で本を読み続けている。私は途中で本を読み終えてしまい、読むものがなくなり、隣の人の本を盗み読もうとすると、なんだか読んだことのある文章。え、なん だっけこれ、と、充血しそうなくらいの横目にしてさらに盗み読むと、ぬあぬあぬあんとそれ、「空中庭園」だったのだ!ぐわああああん。私、自分の本読んで る人はじめて見た。はじめて見たッ!はじめて見たよッ(興奮)!本当にそれが自分の本か、どうしても信じられず、もう目玉が飛び出るくらい横目をしたが、 やっぱりそれは「空中庭園」だったのである。その見知らぬサラリーマンが、途中で「ケッ」などと言って本を床に投げつけたらどうしよう、と不安になった が、私が降りるまで、彼はちゃんと集中して読んでいて、ああ、なんとありがたや、と心のなかで拝みました。だれだか知らないけれど今日の昼下がりに「空中 庭園」の「空中庭園」と「キルト」部分を読んでくれたあなた、どうもありがとうございますです。しかし、目玉をひんむいて人の本を盗み読もうとしている 女、他の乗客からすればさぞや不気味であったことだろう。

日
3月28日
水曜日

 午後、新宿のホテルへ。窓の外から公園を見下ろ したら、もう桜が咲いていやがった。エレガントな野ばらさんと対談。刺激的だった。熱はないが、今日になって、鼻水と咳とくしゃみがものすごいことに。こ れ、風邪の終わりの症状だといいんだけれど。花粉症だったりして。締め切りひとつ。

日
3月29日
木曜日

 昼過ぎに目白にいく。待ち合わせ場所の周辺の桜 が、ものすごいことになっていた。人出もものすごい。お花見には最適だが、部屋にこもって小説宝石の新人賞の選考。第一回の受賞者が無事に決まってよかっ た。その後桜を少し見て、受賞者の方を勝手に祝って乾杯をする。おめでとうございます。締め切りふたつ。

日
3月30日
金曜日

 今日は、前にまぜていただいた皇居マラソ ン会があるのだが、昨日から咳・鼻水・くしゃみが出っぱなしなので、棄権することにした。私は自分の体調に疎く、こういうとき、「でもだいじょうぶかも」 と思って何かして、無茶だったとあとで気づくことが多い。なので、棄権したわけだが、棄権すると決めたらなんだかもーのーすごーく残念で、私、走ることが 好きなような気分になってしまった。好きなのかな、ひょっとして。いやまさか。
 六時過ぎに仕事場を出、マラソン後の飲み会会場に向かい、走り終えた人々といっしょに飲む。走り終えた人々というのは、さやわかで色がいちだん薄くなっ ていていいものだなあ、と思う。鼻水と咳まみれなので、泣く泣く途中退席で帰る。タクシーに乗り、運転手さんに行き先を告げて寝入り、目が覚めたらぜんっ ぜん知らないところを走っていてびびった。「これ、どこですか!」と訊くと、カンパチだと運転手さんが答えるので、じゃあこの道でもいいのかな、と思って いたところ、「世田谷区」の標識が目に入り、あわてて正しい道をさがしてもらった。が、正しい道に帰るのにもさんざん迷い、「運転手さん、ひょっとしてこ れはわざと?」と訊いたら、わざとではなかったようで、「じゃあメーター止めますよ!」と、逆ぎれされた。ナビついていたのになあ。

日
3月31日
土曜日

 私んちの近所に、ものすごくうまい豚を売っている肉屋があると、先々週大竹さんに聞いたので、そこで豚の塊肉を買い、帰って圧力鍋で調理した。いやうまかった。夜麻雀(Wiiのね)。

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